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 その事件に巻き込まれたのは、年末近い寒い夜だ。


 浩は銭湯へ行き、梅屋でかけうどんを食べてから、新樹荘へ帰る途中だった。

 高さ一メートルほどのレンガ塀の横の、狭い裏道を歩いていると、物音がしたので、立ち止まって、塀の先の暗がりに目を向けた。

 何者かが、平屋の窓から出ようとしていた。

 浩は近くの樹木の陰に身を潜め、息を殺し、闇に目を凝らした。

 窓から出た男は、家の中の誰かから、窓枠ぎりぎりの大きさの平べったい包みを幾つも受け取った。やがて、その誰かも、窓から出て庭に降りた。そして忍者のように駆けて、浩のすぐ前のレンガ塀を軽々と昇って越えたのだ。こんなことは、ドラマかニュースでの出来事だ。その男は、小道に降り立った瞬間、樹陰の眼前の浩に顔を向け、「うおっ」と短い叫びを発した。その時、浩はその不審者の顔を見上げねばならず、相手が二メートル近い巨漢であることを認知した。暗くて表情は分からぬが、角刈りの頭だ。

「あに?」

 という声が浩の口から飛び出して震えた。

 数秒、浩の体も固まったまま震えた。相手は悪魔の影のように、触れもしないのに浩を宿命の闇に縛りつけた。ウジのような汗が浩から這い出していた。

 ふいに、もう一人の影が塀を越えたのが見えた直後、浩の顔にガンっと音が散った。背中と後頭部が樹にぶつかった。きな臭い匂いと血の味が鼻と口あたりにめり込み、痺れさせていた。

 男たちは獲物を狩る肉食獣のように無言で浩につかみかかってきた。

「何でえ?」

 と血反吐をもらす浩の胸ぐらが、恐ろしい力で締め上げられた。

 浩は死に物狂いでもがいて、一人の腕をつかみ、指あたりに咬みついていた。ゴム手袋の味と自分の血を舌に感じた。悲鳴とともに手が引かれたが、浩は歯を食いしばった。だが下腹部に劇痛を覚え、口が緩んだ。二度目の膝蹴りで力を失い、地の底へ崩れ、内臓のどこかが破裂したかのようにのたうった。情け無用の蹴りの予感とほぼ同時に、再び顔がガンっと破壊され、脳が暗黒へ飛ばされた。










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