第157話――供養


「……別とは?」


 松村まつむらの問いかけに、由良ゆらは答えた。


「今まで彼があやめた者達の供養くようをひたすら行いました。が、さらに人の命を欲しがる要因にもなっていたから」


「……それで?」


「一週間もの間、私は、飲まず食わずで、その場所で祝詞のりとを唱え続けました。呪いではなく、のための」


「……それで、君は無事でいられたのか? 第一あんな所にずっといたら放射線ほうしゃせんを受ける危険性だって……」


 由良は軽く首を横に振った。


「放射線は、がその妖力ようりょくによって見せていたでした。人を近づかせないための。人が来れば、その命を奪ってしまう。あれは、彼に出来得る限りの、だったんでしょう。だから、に殺された石原いしはら教授は、長年あそこに出入りできた。軽微な症状で警告はできるが、命までは奪えない」


 松村は、その話に、ただ茫然としている。

 由良は話を続けた。


「気が付けば、私は気を失い、洞窟どうくつの中で一人で倒れていました。起き上がると、もう、の姿はどこにも見当たりませんでした」


 二人の間に、しばらく沈黙が流れた。


 それを破ったのは由良ゆらからだった。

 彼は目を伏せながら言った。


「私が、もう少し早く気づけば、九十九つくもさんは死なずに済んだ」


 それを聞いた松村まつむらは、無念さをみしめるように視線を下に落とした。

 その思いを振り切るように、由良に向き直ると彼は言った。


「……二週間もの間、昏睡状態だった高倉たかくら刑事は、ずっと寝言で同じ事を繰り返していたそうだ。『』と」


 その言葉に、由良は思わず目を見開いた。


「一体……どういう意味なんだ? 何を知ってる?」


 由良はその質問に答えることに、躊躇ためらいを感じた。

 九十九かれの死を侮辱ぶじょくしたとも、捉えられ兼ねないからだ。

 すると、松村は畳み掛けるように言った。


「俺も、あの広場に少しだけ足を踏み入れた。しばらくは、君の名前を思い出せなかった。。記憶を辿り、探偵事務所のホームページを片っ端から検索し、ようやく思い出せた」


 松村は由良の目を真っ直ぐに見据えて、尚も言った。


「俺は、ただ、が知りたいだけだ」


 彼の追求に対し、嘘をつくのは困難だと悟った由良は、全てを語り出した。


 あの広場に踏み込み、命を落とした者が、その後どうなるのかも含め、全てを――


 話の一部始終を聞き終えた松村は、まだにわかには信じられないように、目を見開いたままだった。


「……それが真実なら、九十九つくもさんは……永遠に救われないのか?」


 鋭い松村の視線を受け止めると、由良は一呼吸し、


「いいえ」


 控えめにそう答えると、戸惑いを押し殺すように言った。


「……九十九さんは、あの広場から、最後はで脱出した。彼女のから逃れて……」


 松村は、それが指し示す意味をあらためて悟った。

 

 彼のたましいは、ことに。


 松村はやり切れないように、窓の方を見つめ、深く溜息をついた。

 しばらくの沈黙の後、彼はゆっくりと振り返った。


「……君は……自力で、あの山を下りてきたのか? 一週間も飲まず食わずで」


 すると、由良は首を横に振りながら言った。


「いいえ。私も、もう限界でした。そこから起き上がる体力は残っておらず、再び気を失いました。目を覚ますと、

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