第156話――秘匿


「地下……?」


 棚に整然と並べられた本を眺めていた松村まつむらは、思わず振り返った。

 由良ゆらは表情を変えずに言った。


「……ええ。私も死を覚悟してました。燃え盛るほのおの中、逃げ場を完全に失った。でも、あの砕け散った大岩の下にがあり、咄嗟にそこに逃げ込みました。でも、煙がすごくて……。その入口辺りで、私は気を失いました……。そこから記憶が」


 を置くと、由良は窓の方を向いた。


「……目を覚まして、辺りを見回すと、岩肌が露出した伽藍堂がらんどうとした洞窟どうくつの地面に、自分は横たわっていました。ふと、気配がして、振り向くと、人が立っていたんです」


「……人?」


「真っ白な着物を身にまとい、髪が背中まで伸びていた」


 今回の事件で、松村の中の常識は完全にくつがえっていた。


 ――何が起きても、もうおかしくない。


 彼は黙って、話の続きを聞いた。


「すると、その人物はこちらを振り返りました。顔を見ると、ほほせ、長いひげたくわえた男性でした。盲目もうもくなのか。目を閉じたままで、彼は一言目にこう言いました。『』と」


 松村は思わず眉をひそめた。


「……何故?」


「自分自身が、だと知っていたからです」


「……呪い?」


 由良は振り返ると、ゆっくりとうなずいた。


「彼は自らの命と引き換えに、に呪いをかけた」


 松村の脳裏に、姿よみがえった。


 土の中から、い上がってきた、その、を。


 由良は、更に言い添えた。


「だから、彼は、もう


 所狭しと本が並べられたその空間に、静寂が流れた。

 松村は頭の中を一旦整理するように少しを置くと、問いかけた。


「……死んでって、ことは……まさか、生き返ったとでも?」


 さすがに、容易には受け入れがたい。

 しかし、由良はにべもなく言い放った。


「ええ。……人の生気を吸って」


 全く躊躇ためらいもなく、その事実を肯定した。

 松村は、突然、に落ちたような表情で問い返した。


「……じゃあ、……あの広場での出来事は……全て、その人物が原因だったのか?」


 すると、由良は首を横に振った。


にです。した。そして、。それが呪いです。知らない間に、彼らは互いに、夫婦めおとになった」


「……夫婦って……」


 松村は目を泳がせると、ハッと何かに気付くように目を開いた。


「……まさか……は、まだ、生きているのか?」


 由良は相槌あいづちを打たず、目をらして答えた。


「……はっきりとは、わかりません」


 を置くと、話を戻すように言った。


「だから、はっきりさせたい。そう思ったんでしょう。自分を滅ぼせば、も永遠に葬れると……」


 話を止めた由良を怪訝けげんな表情で見つめると、松村は恐る恐る尋ねた。


「……で? ……彼を殺したのか?」


 じっと目が合ったまま、互いに言葉を発さなかった。


 由良は目をつぶり、鼻から息を吸い込んだ。

 大きく溜息をつくと、彼は言った。


「……いいえ」


 彼が首を横に振るのを見て、松村は安堵あんどするように肩を落とした。

 由良はまた語り始めた。


「彼を消せば、今度はその呪いを背負ってしまいます。


 驚いて目を開いた松村の表情を気にせず、由良は続けた。


「それに、彼は死んでも、また誰かの命で甦る」


 由良は真摯しんしな眼差しを松村の方に向けて言った。


「だから、私は、別の方法を」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る