第155話――幻


 松村まつむらは、あるアパートの部屋前に立っていた。


 もう、事件から二カ月だ。


 毎日のごとく尋ねて、ノックをするが、中に誰もいる気配はない。

 部屋主はずっと戻っていない。


 そう。

 今は、もう、誰も住んでいなかった。


 普通なら、数回訪問して諦めるだろう。

 しかし、そうさせない理由が、彼にはあった。


 ある日、町で、を見かけたからだ。


 それは、どう考えても、あり得なかった。

 他人の空似かと思い、もう一度よく見てみた。


 特徴的なそのいでたち。

 すると、その場にかかってきた電話に、その人物は出た。


 を言ったのだ。


 松村は咄嗟に後を尾けた。

 しかし、人ごみに埋もれ、気が付けば、その人物は見えなくなっていた。


(まさか……)


 そう思いながらも、それから毎日のごとく空になったこの部屋を訪れている。

 通い始めて、今日で一カ月目だ。


 やはり……自分が見たものは、幻だったのか?

 もし、その人物が存在するなら、会っていろいろと確かめたいことがあった。


 いや、それ以上に――


 ふと、顔を上げた。


 松村は目を見開いた。


 そうだ……。俺が信じたかったのは――


 という事実だ……。


 松村は、目の前に立っている人物を見て、心の奥底からそれを実感した。


 という事実を。


松村まつむらさん」


 以前とは違い、髪を短く刈り上げていた。


 安堵あんどしたように目をつぶりながらゆっくりと吐息といきをつくと、松村はようやく口を開いた。


「今まで、何処どこにいたんだ。由良ゆら

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