第154話――後ろ姿


 その少し古びたかわら屋根の家の傍に、車は止まった。

 共にドアを開け、二人は降りた。


「ありがとうございます。ここからは、私一人で」


 さっきとは違い、高倉たかくらの表情に、もう戸惑いはなかった。

 相川あいかわは無言でうなずくとその場で立ち止まり、家の入口まで向かう彼女の背中を見送った。


 高倉がインターフォンを押すと、少しをおいて、その家の引き戸が開いた。

 中から七十代くらいの白髪の女性が顔を出した。


 高倉は、その女性に向かって深々と頭を下げた。


 相川は背後からそれを見守っていた。


 女性が少し泣きそうな表情で口を押さえると、高倉の肩にそっと手を置き、彼女を中へと案内した。


 引き戸が閉まり、辺りが静かになった。


 相川は車の中で待とうと、ドアをまた開けようとした。


 ふと、向こうへと歩いていく人物に、目が留まった。


 その歩き方に見覚えがあった。

 少し目を細め、あらためてよく見てみた。


 すると、その人物が立ち止まった。


 何かに気付いたように、ゆっくりとこちらを振り返った。


 目が合った。


 ベージュのキャップを被り、マスクをしていたが、


 相川は車に乗るのをやめ、そちらへ足を歩み始めた。


 その人物は、前に向き直った。


 すると、突然、走り出した。


「……!」


 相川はその背中を追いかけた。

 その人物は、細い路地へと入り込んだ。


 後を追おうと、その筋に身を乗り出した。

 すると、そこから原付のバイクが飛び出してきた。


「ピ――」


 クラクションを鳴らされるのも気に留めず、彼は追い続けようとした。


 しかし、もう相手の姿は、そこにはなかった。


 相川は大声で、を呼んだ。


松村まつむら刑事!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る