第146話――刹那


 低く、太く、重みのある声。


 それは、由良ゆらが幾度となく、そのものだった。


 彼の耳に、その内容がはっきりと入ってきた。


これ神床かむどこす、けまくもかしこき、天照大御神あまてらすおほみかみ――」


 由良は、姿を探そうと、必死に目を泳がせた。

 しかし、声だけが独り歩きするように、その文言が、しっかりと淀みなく唱えられていく。


諸々もろもろ大神等おおかみたち大前おおまえに、かしこかしこみももうさく――」


 眼前で立っていたが、その声を追いかけるように、再び広場に足を踏み入れた。


 その時だった。


 崩れ落ちた磐座いわくらの向こう側に生えていた木。


 それが、倒れたのが見えた。


 隣に生えていた大木へ勢いよく接触し、その摩擦まさつが起こった。


 またたく間に、大木はほのおにつつまれ、バランスをなくし倒れると、さらに隣の木へ燃え移った。


 まさに、刹那せつなの瞬間だった。


 ドミノ倒しのごとく、ほのおの連鎖が始まったかと思うと、それは空中をうね紅蓮ぐれんりゅうのごとく、広場の円を周回し、凄まじい勢いでこちらへと迫ってきた。


 まるで、広場にいるを取り囲むかのように。


『離れるんだ。今すぐ、ここから』


 頭の中で聞こえたその声と共に、由良は咄嗟に起き上がろうとした。


 しかし、力が入らず、全身の力を振り絞って、腹這いで匍匐ほふく前進をした。

 一歩でも、遠くへ逃げようと。


 背後から、灼熱の熱風が吹きこんできた―――


 ほのおは始発点へと回帰し、を描いた。


 由良が振り返った瞬間だった。


 突風が巻き起こり、そのは、天に向かって、うずを巻き始めたかと思うと、またたく間に広場の中にいるを巻き込んだ。


「ギぃぃぃぃぃぃぃぃァァァァァアアアアア――――――――――――」

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