第144話――決壊

「ギィィィュィィィィィィィイ――――――――」


 奇声を発しながら、左腕をなくした彼女は、暴れまわるように何度も岩に体を激しくぶつけている。


 当たるごとに、広場が大きくれた。


『もう、逃げるしかない。ここにいても、死ぬだけだ』


 声は言った。


 すると、彼女は突然動きを止めたかと思うと、その磐座いわくら片手かたてをついた。


 由良ゆらは、背後からその光景を見つめているだけだった。

 よく見ると、その背中が痙攣けいれんしているのがわかった。


 彼女は、必死に

 異常なほど小刻みにまぶたふるわせながら。


「ウゥゥゥゥウウウウウウウウウウ――――――――――――――――――」


 サイレンのようなうなり声をとともに、その両目が


 中の黒目くろめが見え隠れしたと同時に、向き合っていた磐座いわくら全体に、ひびが入り始めた。

 ミシミシッという音が鳴ると、またたく間に、無数の亀裂が岩全体に広がっていった。


 その時だった。


 まるでとどめを刺すかのごとく、彼女はもう一度、岩に向かって激しく体当たりした。


 さっきより地面が、より大きく揺れた。


 次の瞬間、磐座いわくらは音を立てながら、砕け散った。


「……!」


 見通しがよくなり、向こう側に森の木々が見えるようになった。


 言った。


『もう、これ以上は防げない』


「ア――……ア――」


 さっきまで、暴れまわっていた彼女は、まるで癇癪かんしゃくを終えた後の子供のように静かになった。


 ゆっくりと振り返ると、再び緩慢かんまんな足取りで歩き始めた。

 腕から噴き出していた血は、その勢いを弱め、地面にしたたり落ちている。


 は、由良ゆらの方に近づいてきた。


 その差が、五メートル…………四メートル…………三メートル…………


 目と鼻の先に、血と土と腐敗ふはいが混ざったような異臭を放つが、立ち止まった。


 由良ゆらは静かに目を閉じていた。

 そして、何かをつぶやいていた。


これ神床かむどこす、けまくもかしこき、天照大御神あまてらすおほみかみ――」


 次の瞬間だった。


 さっき、森の中に投げ捨てた青白く太い


 その先についていたが、地面に落ちていた木々の枝葉に次々と燃え移り始めた。

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