第135話――養分


 高倉たかくらは必死に抵抗しようとした。


 彼女は警官けいかんだ。

 華奢きゃしゃ石原いしはら相手に反撃しようと思えば、すぐにできるはずだった。


 しかし、何故か、力が入らない。

 起き上がろうとしても、地面にへばりついたまま、体が全く動かなかった。


 まるで、をかけられたように感覚がない。


 意識が、徐々に遠ざかっていくのがわかった。


「やめろ――――――!」


 大声とともに背後にいた由良ゆらが、石原に体当たりしてきた。

 その勢いで教授は突き飛ばされ、地面の上に倒れた。


「……真矢まやさん!」


 由良は、即座に高倉を抱き起こした。


 彼女は目を閉じて、気を失ったままだ。

 見ると、前髪の部分だけなっている。


「大変だ……」


 すぐさま、由良は高倉の両脇を抱え、引きずりながら、なんとかへと出した。

 そして自分の手首につけていた茶色の数珠じゅずを彼女の手首に付け替え、外れないようにそれを上腕部まで引き上げた。


由良ゆら――――――――――! 後ろだ――――――――!」


 こちらに向かって駆けていた九十九つくもの叫び声で、由良は振り返った。


 と、同時だった。


 彼は防護服の上から首元を掴まれ、広場の地面になぎ倒された。


「――!」


 抵抗しようと顔を上げた瞬間、石原いしはらの蹴りが顔面を直撃し、そのまま仰け反って倒れた。


 起き上がろうとする前に、彼が馬乗りになってきて、由良の頭を押さえつけた。


 真正面から石原と目があった。


 彼は狂気に満ちた目つきのまま、薄ら笑みを浮かべた。

 よく見ると、その顔には、しわが目立つ。


 石原は荒い息遣いのまま声を上げた。


「お前もになれ――――――! 彼女を目覚めさせるために役立つんだ!」


 由良は必死に抗おうと、教授の両腕を掴んだ。

 しかし、思ったように力が入らない。


(まずい……このままでは……)


 意識が遠のいた次の瞬間、


「うおぉぉぉぉぉぉぉ――――――――――――――――――――!」


 雄叫おたけびとともに突進してきた九十九つくもが、石原いしはらの真横からタックルをかました。


 教授の体は勢いよく吹っ飛び、広場の地面に崩れた。


 九十九は由良に駆け寄った。


由良ゆらぁぁ――――――! しっかりしろ!」


 すぐに彼を起こし、その体を抱きかかえ、広場から抜け出そうとした。


「……!」


 しかし、思うように力が入らない。


 広場の外までは、たったの数メートルだ。


 それなのに、まるで、、一歩踏み出すごとに全身から力が抜けていくのがわかった。


 目の前がかすみ始め、歩きながらも朦朧もうろうとしてきた。


  後、一メートル……数十センチ……


 木々がすぐそばまで見えるのに、


 さっきよりも、たったしか動いていない。


 ……くそ……


 気が付けば、彼は目をつぶっていた。


 全身の力が完全に抜け、自分の両手から由良ゆらが離れたのがわかった。

 同時に、体が滞空たいくうしていることに気付いた。


 次の瞬間、顔から地面に倒れ込んだ。

 その衝撃で目を覚ますように、まぶたを震わせながら薄ら目を開けた。


 自分のほほは地面についたままだ。


 視線の先には、目を閉じたままの由良ゆらの顔が見えた。


 ……どうなった……?


 震えながら、上体だけを何とか起こすことができた。


 辺りに視線を泳がせた。

 見上げると、木々が見える。


 ハっと気づき、足元に目を向けた。


 が見えた。

 つま先が、ギリギリ広場の土に触れそうなのを見て、咄嗟に彼は足を引いた。


 ……なんとか抜け出した。


 そう安堵あんどした次の瞬間だった。


「カチャ」


 その音で顔を上げた。


 離れた距離の向こう。


 土が際立った広場の中で、尻をついて座り込んでいる石原いしはらが、手錠てじょうを掛けられた手のままで、じゅうをこちらに向けていた。


 高倉たかくらが持っていた銃だ。


 九十九つくもは咄嗟に動こうとした。

 その瞬間に、たまがすぐ近くの木にね返った。


邪魔じゃまをするな――――――――!」


 起き上がりたくても、できないのだろうか。

 まるで、買い物途中で駄々をこねる幼児のように、腰を下ろしたままの石原いしはらは声を荒げた。


「彼女の目覚めを阻む者は、全員殺す!」


 次の瞬間、迷いもせずに引き金を引いた。


 広場に、銃声がとどろいた。


 もうける力は残っておらず、九十九つくもは全てを諦めたかのように、そっと目を閉じた。

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