第133話――抑圧


 突然、石原いしはら教授の表情が豹変ひょうへんした。


 彼は何かを訴えかけるような口調で語り始めた。


「彼女は、想像も絶するほどの長い年月の間、ここに縛り付けられてきたんだよ。眠りたくもないのに、強引にな。可哀そうに。想像できるか? ! どれだけのくるしみとくやしさとむなしさをここで過ごしてきたと思う?」


 すると自分で気持ちを落ち着かせるように、目をつぶり呼吸を整えると、声を落として尚も言った。


「……神話によると彼女は、気立てのよい美しい女性。成人した女性のように言われてる」


 聞いていた由良ゆらが、ふと思い出した。

 山の中に入っていく、その姿を。


「……まさか……」


 その先の言葉を呑み込むように、石原が目をきながら畳みかけた。


「ああ、そうだ! 彼女はまだ幼い子供だったんだよ! これぐらいの小さな! そんな、……そんな子供を大人が寄ってたかって! それが……神だと? みんなが敬う全知全能の? こんな茶番! ふざけんなよ!」


 石原は手錠をかけられたまま、何度も地面に片足を踏みつけながら、奇声のような叫び声を上げ始めた。


「彼女は純粋な心を持つ一人の子供だった! それを……が! 自分のエゴだけで兄達をたぶらかし、幼い彼女をあざむいた! さびしさとむなしさで押し潰されそうになった彼女をここに一人置き去りにしてな! その犠牲の上に、を築こうと……! こんなの絶対間違ってる!」


 石原教授の顔は、怒りに満ちていた。

 まるで何かにりつかれたように。


 するとまた、いきなり人が変わったように、彼の顔が穏やかなものに変わった。


「でも……それが、五十七年前、有難い事に、どっかの親切なオッサンが、あそこにホテルを建て、封印を解いてくれた」


 その場が静まり返った。

 

 刑事二人は固唾かたずを呑みながら、石原に銃を向け直した。

 話を聞いていた由良ゆらが、目をしばたたかせながら問い直した。


「……何故だ? 何故、彼女は封印が解けて、すぐに目覚めなかったんだ? ……何故、今も完全に目覚めてない?」


 すると石原は意外そうに、少し驚いた目を由良に向けて言った。


「……おいおい。君は理解してると思ってた。彼女は、も眠っていたんだぞ。意識は目覚めていても、。だから私が、その手伝いをしてきたんだ! 六十年近くもの間!」


 また興奮した口調に戻り、声を張り上げた。


「彼女から言われた! 目立たないように、慎重にやれと! また、あの男に! に邪魔をされないように!」

 

 由良は、夢の中のを思い出した。

 おそらく、あの男性が、彼が言っているなのだろう。


 激昂げきこうしていた石原は、陶酔とうすいするように口元に笑みを浮かべた。


「もう、失敗はできないんだ。


 まるで、彼の中に二人いるかのような、さっきの感情的な喋り方とは、全く違った語り口だ。


 銃を構えたままの高倉たかくらは、化け物を見るような目つきで石原教授を見つめていた。

 肩に力が入り、その手は震えていた。


「なんで……なんで、そんなに平気でいられるの……? こんな……これだけの人を殺して……銃まで突きつけられているのに!」


高倉たかくら……?」


 隣に立っていた九十九つくもが、彼女の方をちらっと見た。


「九十九さん……ここは……何かおかしい……」


 見ると、足も震えている。


 突然だった。


 九十九の脳裏に、パーキングエリアで見たが思い浮かんだ――


 白くなった毛髪、皺だらけになっていく高倉たかくらの顔……。

 そして、口を開いて出た、――


 気付けば、その姿がに変わっていた。


「……!」


 九十九つくもはそのシーンを振り切るように、目の前の光景に意識をとどめた。


 その時だった。


 遠方からヘリの音が聞こえ、全員がそちらの方を見上げた。

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