第132話――永遠の夢


『これは……生きているんですか?』――


彩乃あやのは怖がるどころか、興味津々で聞いてきた。本当のことを話すと、目を輝かせながら他にもいろいろと質問してきた。彼女の声が聞こえるのは、私だけだった。だから、いろいろと教えた。それ以来、ようになった。目立たないように、期間を空けて、じっくりと。上手くいってた。上手くいってたんだ……なのに……彩乃はある時、私に向かって嬉しそうに言った。


が聞こえるんです』


 まさかと思った。

 それまで、私しか聞こえなかったはずなのに。


 それだけじゃない。


 私は……


 いつの間にか、


 それなのに、あの女は……彩乃は……

 と。


 私は、思った。


 もしかして、……彼女は私を見捨てたんじゃないのかと……。

 彼女にとって、私はもうなんじゃないか……。


 いや……! そんなはずはない!


 もう一度、彼女の声が聞きたかった。


 彩乃がいなくなれば……


 また、彼女が私に語りかけてくれると。


 を聞くことができると!

――


 そう思い……背後から彩乃あやのを突き飛ばし、


 石原いしはら教授は少し悲しげな表情で刑事達の方を向いた。

 二人とも茫然としながら、ただただ銃を構えてるだけだ。


「……理解できない? なぜ、こんなことができるのか? って?」


 石原は溜息をつき、呆れたように首を横に振ると、手錠で繋がれた手で由良ゆらの方を指さして言った。


「そっちの彼なら、わかるだろ?」


 由良が警戒するように眉をひそめ、訊き返した。


「……村上加絵むらかみかえさんは、誰に殺された?」


 石原は質問をいなされたことに対し、少し不機嫌な表情を浮かべながら答えた。


「……あれは、彩乃あやのだ。村上加絵はツアーから帰ってきて、あの映像を一人一人に見せた。当然、誰も意味がわからなかった。みんな混乱した。当たり前だ」


 手錠をかけられた両手を広げ、おどけた素振りをして尚も言った。


「だって、あそこに映っているのが自分なら、ってね?」


「……でも、岡彩乃おかあやのは違った」


 銃を構えたまま九十九つくもつぶやくと、石原は彼の方を向いて得意気な表情を向けた。


「そうだ。彼女は私の協力者きょうりょくしゃだ。当然ながら、を知っていた。山下正美やましたまさみは、そんな彩乃あやのを不審がり、問い詰めて怪我を負わした」


 九十九の脳裏に、拳を複雑骨折した山下正美の遺体が甦った。

 石原は話を続けた。


「山下もにかかっていたから、自分では感情や力が制御できなかったんだろう。彩乃あやのは、自分のやってきた事が、いつバレるかヒヤヒヤしながら恐れ、村上加絵むらかみかえを呼び出して『あの映像』を奪おうとした。最初は殺すつもりはなかったらしい。でも、気がつけば、ロープで首を絞めていた。人を殺してしまうくらい制御のつかない自分に、ふと山下正美の姿を重ね、気づいたんだろうね」


 教授は、また由良ゆらの方を向いて言った。


「もしかして、自分は、『』と。そして、ずっと気づかずに持たされていたをその場で投げ捨てた。発作的に怯え、広場が映っているデータも粉々に破壊したらしい」


 銃を向けられている事を完全に忘れているかのように、石原は刑事二人の方に向き直った。

 九十九と高倉の顔を交互に見つめながら、尚もしゃべり続けた。


「以前の彩乃ではなくなっていた。自分のやってきたことに罪悪感を抱くようになっていたんだ。自分を殺した張本人である私のところにわざわざ、電話をよこしてきたんだよ。『』ってね」


 石原は呆れたように首を軽く横に振り、鼻で嘲笑あざわらった。


と会話ができた彩乃あやのは、も知っていた。そして、を始めた。いくら祈っても、自分はもう死んでるのに……


 ふと、九十九つくも魔除まよけのおふだで埋め尽くされた彩乃あやのの部屋を思い浮かべた。


 あれは、……彼女にできるだったのか……。


 そして、あの部屋に、はなかった。

 彩乃がその呪いから逃れるために、処分したのだろうか。


「石がって……どこへだ?」


 由良ゆらは別の問いかけをした。

 石原教授は彼に向き直り、笑みを浮かべた。


が欲しがっているのは、だ。魂には、計り知れない可能性が秘められている」


「……可能性?」


「ああ。が秘められているんだよ。人の魂は死ねば、あの世へ行く。でも、魂の姿を通常見ることは不可能だ。ただし、は違う」


「……それを見るために、彼女は石を持たせたのか……」


 由良の言葉に相槌あいづちを打たず、石原は続けた。


「彼女には、

半分じゃない……だ」


 突然、聞いていた九十九つくもの背筋に悪寒が走り、彼は、を思い出した――


 山下正美やましたまさみの病室で聞いた……あの


 九十九の表情を見て、それに気付いたのか。石原は彼に笑いかけて言った。


「そうだ。たましいを奪われる瞬間は、を伴う。まさに阿鼻叫喚あびきょうかんだ。この世のものとは思えない全身の奥底から全てを捻り出したようなを上げて……」


 面白がるように唖然としている刑事二人の顔を眺めてを置くと、視線をらし言い添えた。


「でも、一瞬だけだ。それを我慢すれば、になる。あの世に行かずに、で生き続けるんだ。彼女の優しい嘘で、にね」


 由良ゆらは彼の言う「永遠えいえん」の意味を理解した。


 ずっと、を見させ続けられる。


 もう、死んでいるにも関わらず……ずっと……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る