第130話――生贄


 石原いしはら教授は、由良ゆらの方を向いて言った。


「彼女に触れたものは、もうだ」


 九十九つくも高倉たかくらは、ただただ銃を構えながら話を聞いているだけだった。

 その内容は、彼らの理解の範疇はんちゅうを著しく超えていた。


 由良ゆらが強張った表情で問いかけた。


「……たましいすべてを奪うのか?」


 石原いしはらは彼の目をじっと見つめ返すと言った。


「いや、……最初はだけだ」


「……半分?」


 一呼吸置くと、石原はまた語り始めた。


「人は死んだ後、すぐにあの世に行くわけじゃない。この世でやり残したこと、未練を残した魂などは、ここにまだ留まろうとする。中には、自分がまだ死んでないと信じきっている者も多い。彼女は、そういう者達の要望に応えているだけだ。泥でゴーレムを作るように、彼女は、使


「……でも、永遠に続くわけじゃない」


 由良が話を遮るように言うと、石原は口元に仄かな笑みを浮かべながら答えた。


「ああ。そうだ。彼女の嘘も、。亡くなった人間の、が、自分を迎えにくる。その時になって初めて、本当に亡くなったが甦る」


 話を聞いていた九十九つくもは、ふと思い出した。


 被害者達が、ツアーに行ったに、全員死亡していたことを。

 岡彩乃おかあやのも……には、もう既に死んでいた。


 山下正美やましたまさみが亡くなった時のことを思い出した。


 病室の中で……。


 まさか……!


 あの時、自分と目があったのは、山下正美の、姿だというのか……。


 西野裕子にしのゆうこも、岡彩乃おかあやのも、みんな連れられていったとでもいうのか?


 遺体が消えてなくなったのは、だったからだとでも……?


 そういえば……


 山下正美やましたまさみは、廊下で人の話し声が聞こえると言っていた。


 ……!


 あれは、まさか……本当は……自分達が、この広場で死ぬに話していた光景を思い出した……?


 九十九つくもは頭がパニックになりそうになった。

 ハッと我に返り、何かに気付いたように彼は顔を上げた。


「……あれは? 彼女達が持っていた、はなんだ?」


「あれは、彼女のだ」


「……目?」


 石原いしはら教授は、再び巨大な磐座いわくらを見上げて答えた。



 防護服姿の由良ゆらは、その言葉を聞いて思い出した。


 山下正美やましたまさみが、石を持っていたことを。


「……が持たせるのか?」


 由良の問いかけに、石原は軽くうなずくと言った。


「そうだ。四十九日の間にを思い出されると、彼女にとっては都合が悪い。からだ。記憶を封じこめるための石でもある」


 すると、教授は深く溜息をつき、


「今回も全て上手くいく予定だった。しかし彩乃あやのは……、岡彩乃おかあやのだけは、思い出してしまった。自分のしたことも全て……。村上加絵むらかみかえが撮影した動画を見せられて……私も迂闊うかつだった」


 反省するように首を少し横に振った。


「……村上加絵むらかみかえは、何を撮ったの?」


 高倉が銃を構えたまま問いただすと、石原は無表情のまま彼女の目をジッと見据えて言った。


「彼女がところを」


「……いただく?」


 思わず高倉が顔をしかめた。

 由良が横から言い添えるように、を見上げながら言った。


「被害者達全員が死ぬところを撮ったんだ。みんな、に触れた」


 石原教授はまた相槌あいづちを打って答えた。


「彼女の積年のが、この岩に集結されている。これは、だ」


 教授は、高倉の顔を見ながら、


「……村上加絵むらかみかえだけが、道にはぐれたのか。運悪く後から来た。そして、見られてしまった。私の顔を。マズイと思い彼女を追いかけたが、逃げられてしまった。まぁ、別に大したことはない。向こうに帰れば、死んだと思ってたはずの友人は、。誰が彼女の言うことなんて信じるんだ?」


 そう言って嘲笑あざわらうかのように軽く鼻を鳴らした。


「あんたが、ここに連れてきたのか……。彼女達を、にするために」


 防護服姿で暑いせいもあるのか。由良が額に汗を滲ませながら聞き返した。


生贄いけにえ』という言葉に高倉たかくらが過剰に反応し、思わず由良ゆらの方を向いた。


 石原いしはらはまた軽く笑うと、首を横に振って言った。


「私が? まさか。こんな見知らぬオヤジが誘って、誰がついて来る?」


 すると、黙り込んでいた九十九つくもが突然、口を開いた。


「……岡彩乃おかあやのに、やらせたのか?」

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