第113話――ミナカヌシ

 弓削ゆげは言った。


「実は亡くなった方々の、もう一つの共通点を見つけたんです。その方たちが仏獄に入った日は、必ず洞葺ぼらふくの神社での『ささげの神事しんじ』が行われている」


「私もその神事は知っている。それが?」


 半田はんだが問い返すと、弓削はうなずいて答えた。


「そう。そこの宮司ぐうじも、が聞こえるみたいです。。彼らは、その時だけ神事を行う。そして、がまさにその日です」


 弓削は語調を強め、言い放った。


「私達は、ということです」


 ホールに立っている全員が、固唾かたずを呑むだけだった。

 

「それに……」


 弓削は体を縛られた安田やすだ社長の方に目を向けた。


採掘さいくつのスペシャリストも連れてきましたから」


「……こんなの犯罪だ。私まで巻き添えを食らうのは御免だ!」


 半田は顔を震わせながら、また声を荒げた。

 弓削は依然として表情を変えないままだ。


「この際、そんな些細な事には目を瞑りましょうよ。もわかったことだし」


「な……何だ? 新たな事実って?」


 弓削は微笑みを浮かべたまま言った。


「あの山から帰還した者は、何故か必ずを持ち帰り、約一ヶ月半後に死亡している。私たちの研究所で、を調べたところ、ようやくわかったことがあります」


「何なんだ?」


 弓削は半田の目をじっと見据えながら言った。


「研究の結果、あの石の構成要素は原子核が-で、その周りを回る電子が+だった」


「ど……どういうことだ? わかりやすく説明してくれないか」


 半田が意味も分からず困惑の表情を見せると、彼は答えた。


「つまり、あの石は、だということです」


 ホールが静まり返った。


「な……何だって?」


 半田が思わず眉をひそめて問い返すと、


。とても興味深いでしょ?」


 弓削は嬉しそうに笑った。


「そんなバカな……確か、反物質が物質と衝突すれば……」


 まどう半田を引き継ぐように、弓削は言い添えた。


「大爆発が起きて、物質は存在しえなくなるはず」


 また大広間が沈黙に包まれた。


 すると、弓削は傍に置いてあったリュックの中から何かを取り出して、それを地面の上にほおり投げた。

 半田は呆然としたまま、それに目を遣った。


 オレンジ色の防護服だ。


 弓削は言った。


「その謎をこれから解明しにいくんですよ。あの山には、間違いなく宇宙の根源、『』が眠っている」


 半田の表情は、完全に強張こわばっている。

 ようやく自分達がに足を踏み入れようとしている事に気づいた様子だ。

 そんな彼を気にも留めないように、弓削は話を続けた。


「しかし、頂上から戻った者は誰一人生き残っていない。調査に限界があった」


 すると彼はポケットから何かを取り出し、それを半田の方に掲げた。

 見ると、その手にはSDスロットカードが握られていた。


「だが、つい最近、あの頂上に辿り着いたという女性とコンタクトがとれたんです。という女性です」


「……!」


 猿轡さるぐつわをつけられた高倉たかくらが思わず目をいた。


「彼女がその時撮った動画をコピーして、分析させてもらいました」


「あっ……あ、ううあ!」


 口を縛られたままの高倉が言葉にならないうめき声を上げた。

 会話を中断された弓削が少し気に障ったように眉をひそめた。


「何? ……何です?」


 彼は面倒臭そうに、高倉の口元にかけられた布を乱暴に下へずらした。

 途端に、彼女の声がホールに響き渡った。


「あなたたちが、村上加絵むらかみかえを殺したの!?」


 弓削は少し驚いたように目を開いて反論した。


「いいえ、まさか。彼女を殺して、一体何の得が? ただ、あの山の事で話を聞きたかっただけです。お仲間は亡くなっているのに、何故か彼女は一ヶ月半経ってもまだ生きていた。興味を持ってこちらから接触したんですよ。について聞きたいと。おかげで、とても興味深い話を聞けました。動画のコピーをもらい、彼女はそのまま歩いて帰りました。その後は、私たちの知るところではありません」


 すると、弓削はじっと高倉の顔を見つめ始めた。

 思わず彼女は警戒するように身を反らした。


 弓削は半田の方をちらっと見ながら、

 

「あの動画は貴重な道標になる。しかし、それでもまだ不安です」

 

 そう言って、あらためて高倉たかくらに向き直った。


「だから、彼女を


 弓削がほくそ笑むと、高倉は目を大きく見開いた。

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