第112話――竜宮城


 九十九つくもは声を荒げている人物を見て、再び柱に身を隠した。


半田はんだ……」


 激昂げきこうする半田に対し、穏やかな顔つきで作業着姿の弓削ゆげは言った。


「途中でちょっと邪魔が入って。まぁ『案内役あんないやく』が増えたと思えば、大した影響はありません」


「私達は、三船みふね氏の支援を受けてやっているんだぞ! こんなこと公になったら……」


 半田は気が収まらず反論を続けようとしたが、


は、反対側の山から入っていきます」


 弓削は半田の話を早く終わらせたいかのように、強引に話題を変えた。


「……何だって? 私を信用してないのか!」


 半田はまた声を荒げた。

 弓削はそれを全く気に留めないように軽くいなすように言った。


「あなたが聞こえるだけを、流石さすがに頼るわけにはいきませんから。勘違いしないでいただきたい。私達は、あなたが、あの山をずっと調査してきたんです。三船氏が五十年以上前、ここにこのホテルを建てた。全ては、そこから始まっている」


 すると、半田が少し声を落として言い返した。


「言われずともわかってる。ホテルを建てる前に、ここに大きな磐座いわくらがあった。建設のためにそれを撤去してしまったと。その直後に、が起きた。三船氏がここにホテルを建てた理由は、仏獄を観光スポットにしようと。この島で一番目を引く場所だから」


 弓削が口元に笑みを浮かべながら、首を横に振った。


「でも、それがまたたく間に悪評が広まり、三船氏はここをリゾート地にすることは諦めた。が、あの事件で考古学的な好奇心に火がついたようですね。あらゆる交流の場で、ここを発掘できる人材を血眼ちまなこになって探した」


 そう言うと、近くにいた男性に目をった。

 作業着の下にネクタイを締めているその白髪混じりの男性は、弓削と目が合うと目を見開いた。

 高倉たかくら刑事と同じように体と口を縛られている。

 弓削ゆげは彼から目をらすと、話を続けた。


「でも、あの山に関心があるのは、大先生だけじゃないんですよ。私達も事件の記事を知って、すっかりとりこになりましてね。だって警察官、消防隊を含め、


 柱の影で話を盗み聞きしていた九十九つくもの表情が固まった。


(……何だって?)


 半田が警戒した顔つきで問いかけた。


「君達の目的は、一体何なんだ?」


 弓削は口元に笑みを浮かべたまま答えた。


「あなたと同じですよ。好奇心です。と呼ばれるものを、科学的に解明できたなら。私達が求めてるのは、です。と言っても。調べたら、あの山には何の施設もないのに多量の放射線が検出された」


「……放射線ほうしゃせん?」


 半田が眉をひそめながら問い返した。

 初めて知るような顔つきだ。

 その表情を面白がるように見つめながら、弓削は話を続けた。


「ええ。それに当時、亡くなった捜査官の方達が言い残していたんです。『山の頂上にがあり、そこで大きな磐座いわくらを見た』と。でも写真を撮っていたはずなのに、写っていたのはのようなものだけだった」


 話を聞いていた半田の表情が険しくなっていくのがわかった。

 

「……君達は、どうなんだ? その広場ひろばに辿り着いたのか?」


 まるで、先に到達することをうらやむかのごとく彼は問いかけた。

 しばらく微笑みながら弓削はじっと半田の表情を見つめると、目をらし、窓際にゆっくりと足を歩めながら言った。 


「……私達も頂上目指して、何度も登りました。でも、どうしても到達できない。辿。まるで、


  弓削は立ち止まると、半田の方を振り返った。


「ヘリで上空からの到達も試みました。すると、目下に見えたんです。が」


 半田の眉間のしわが深くなった。

 完全に、の表情だ。

 弓削は続けた。


「それを見て私達は歓喜しました。辿。そして、着陸を試みた」


 半田は唾を呑み込んで、訊き返した。


「……そこに……下りたのか?」


 わざとじらすように、食い気味な半田の表情をじっと見つめると、弓削は言った。


「気が付けば、私達のヘリは、


 意味が分からない様子で、半田は顔をしかめた。


「……どういうことだ?」

 

 すると、弓削は首を横に振った。


「わかりません。ただ一つ言えることは、あそこに足を踏み入れるには、何かしらのがあるようです」


「ルール?」


 弓削は軽くうなづいた。


「何かしらのがあると。そこで私たちは、それを検証するために、山の各方面の入口に監視カメラを設置した。そこに。誰が失踪し、誰が帰還し、そして、誰がその後どうなったのか?」


 話を聞いている半田の表情は呆気にとられたままだ。まさか、そこまでやっている輩がいたとは考えもしなかった様子だ。


「すると、調査していくうちにが浮かび上がったんです」


「……共通点?」


 弓削は深く相槌あいづちを打つと言った。

 

「それは、亡くなっている人達全員が、山に入ってに死亡しているという点です」


「……一カ月半いっかげつはん?」


「ええ。そして全員が全く同じ亡くなり方をしている。まるで姿


 言葉を返せない様子のまま、半田の表情は固まったままだ。

 いや、彼だけではない。

 その場で話を聞いていた者全ての表情が強張っている。

 柱の影で聞いていた九十九の顔も。


 半田はんだが我に返るように、目をしばたたかせると言った。


「ま……まさか、それが、の仕業だとでも?」


 弓削は軽く首を横に振った。


「彼女か、彼か? あるいは、か? それは、まだはっきりとは断言できません。私達の調査もまだまだ発展途上です。だからと、こうやって手を組んでいるわけです」


 そう言うと、口元に笑みを浮かべたまま探るような目つきを半田はんだに向けた。


「はっきりと、聞こえたんですね? そのが?」


 弓削に少し圧倒され気味だった半田はんだが、少し居直るように言った。


「ああ……確かに聞こえた。『』と。はっきりとな」


「まさに、


 弓削ゆげが、突然嬉しそうにつぶやいた。


「……ぴったり?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る