第111話――白者の儀式


 由良ゆらは、白装束しろしょうぞくの一行に気づかれないように後を追った。


 重そうな木製のひつぎを、まるで苦にもしないのだろうか。彼らは一定のスピードを保ったまま歩み、


「あ――あ――」


と全く同じリズムで、を続けていた。


 まぶしい光が頭上から差してくると、彼らは立ち止まった。

 十メートル四方ぐらいだろうか。その場所だけ木が生えておらず、地面は乾いた土だった。


 由良ゆらは顔を上げた。

 目の前に、樹海からひょっこりと顔を出すように、やまそびえていた。

 彼はすぐに気付いた。


 仏獄ぶつごくだ。


 気が付けば、辿り着いていた。


 入口らしき山道が、右上に向かって伸びているのが目に入った。

 その付近で、寄り添うように据え置かれた、二つの大きな岩。


 日誌で読んだ、あのだ。


 一行は棺をゆっくりと地面に置くと、全員揃うように縦の二列を保ったままひざまづき、その場で平伏した。

 そして、揃ってゆっくりと頭を上げた。


 由良ゆらは音を立てないよう、木々の間をっていき、彼らの前方に回り込んだ。

 離れた木々の間から、その光景を眺めた。


 顔は皆、異常なくらい真っ白で、男女なのかどうかも判別しにくい。

 体つきなどや動きから見て、かなり老齢そうな者も混じっていた。

 しかし、めているのだろうか。全員髪の色は黒で、肩までののような頭をしていた。


 すると、一人が前に出た。


 背が高くガリガリに痩せたその人物は、立ち止まると目を見開いたままひざまづき、頭を下げた。

 動きからして、歳はそんなにとってなさそうだ。男性に見える。

 彼はゆっくりと顔を上げると、仏獄ぶつごくに向かって口を開いた。


本手前ほんてまえ洞葺神宮之宮司ぼらふくのかみのみやのぐうじ月鳴用明つきなりのようめい此処こちら無啞音之神辺むあおとのかみにあたり、其ノ悲哀苦怒憎そのひあいくるしみいかりにくしみを鎮為此処しずむるためここに捧供者達ささげるとものものたちを連馳参仕つれはせさんじつかまつる――」


 両目を見開きながら、異常な甲高い奇声とも思える大きな声を張り上げ、両手を合わせた後、仏獄ぶつごくに向かっていんを切り始めた。


 右手を上げ、縦に、そして横にと、梵字ぼんじのような文字を、その骨ばった体つきに似合わずなめらかな動きで空中に描くと、全員ぜんいん揃って両手で二拍打ち、


「あ――」


 と、低い声で合唱し、山に向かって、また平伏した。

 顔を上げた後、前の男性が再びいんを切る。

 揃った二拍が続き、


「あ――」


 全員平伏し――を、延々と繰り返す。


 見上げると、それまで晴れていた空がいつの間にか変容し、灰色はいいろくもおおっていた。

 すると、前の男性が、


此処ここに印置依しるしおくにより無啞音之神むあおとのかみを永延之苦殻解えいえんのくるしみからときはなつ――」


と更に高らかに唱えると、他の者達と共に全員立ち上がり、揃って頭を深く下げた。


 一分ぐらいの後、全員頭をゆっくりと上げた。

 そして棺をそこに置いたまま、仏獄に背を向け、縦の二列を保つと、


「あ――……あ――……あ――……」


と揃ったリズムを刻み、ゆっくりと樹海の奥へと消えて行った。

 

 彼らの姿が見えなくなると、由良ゆらは木陰から出てきた。


 恐る恐る、山の入口前に置かれたそのひつぎへと歩み寄る。


 白の木目、彼らが持った跡だろうか。

 所々に薄いがついていた。


 由良は迷った。


 をおいた後、目をつぶり、ゆっくりと深呼吸をした。

 少し震えながら棺に手を伸ばし、それに触れた。


 両手に力を入れた。


 重い。


 もう一度目をつぶった後、由良は思い切ってふたを開けた。

 その反動で飛んでいくように、それは向こう側の地面に落ちた。


 思わず目を白黒させる。


(……なんだ、これは)


 ひつぎの中を敷き詰めるように入れられたわら人形。そして、その所々の隙間から、縄文のビーナスを彷彿ほうふつとさせる逆三角形の土偶どぐうの頭とも思えるものが、まばらに顔を出していた。

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