第107話――ロッジ


 九十九つくもは道に迷った。

 完全に半田はんだ達を見失ってしまった。


「くそっ……!」


 木の葉や枝に埋もれた道なき道をしばらく登ってると、何かが見えてきた。


 小屋だった。

 廃屋のようなそれは、苔だらけのトタン屋根が打ち付けられていた。


 九十九は小屋の戸に耳を寄せた。

 誰もいる気配はない。


 ポケットから小型ライトを取り出し、黒ずんだ丸い真鍮しんちゅうのドアノブを握って手前に引いた。

 ギギーっと不気味な音を立てて、ドアが開いた。


 中を照らした。

 あちらこちらに蜘蛛の巣が張っている。

 それらを手で払いながら中に足を踏み入れていった。


 奥のほうから光が差していた。

 中のドアが開きっぱなしだ。

 その中に足を踏み入れると、二段式のベッドが見えた。


「こんなところにロッジが……?」


 布団は埃だらけで、長い間、誰も住んでいないのは明らかだった。

 他に目につく物は特にない。

 きびすを返し、暗い部屋の中に戻った。


 ライトを動かしていると、びた鉄製のロッカーが目に入った。

 そこの横に、何かが立てかけられていた。


 釣竿つりざお


 鉄でできたそれは、伸縮型になっているようだった。

 先端には三角の刃がついていて、そこに土がこびり付いている。


「……何に使うんだ?」


 九十九はロッカーを開けた。

 その瞬間、ほこりが舞い、思わずしかめ面をしながら右手でそれを払った。

 中に向かって上から下へ、ゆっくりとライトを動かしていく。


 ロッカーは二段式になっていて、上段に何かが置いてあった。

 九十九は、それを手に取り砂埃を手で払った。

 思わず咳き込んだ。

 再びライトを当てた。


 白いビニール製のツナギのようなものだった。

 見ると、頭まで覆い隠すような造りで、顔の部分だけが透明のビニールだった。


「……何だこれは?」


 首をかしげながら、九十九はそれを棚に戻した。


 下の段を照らした。

 鉄製の工具箱のようなものが目に入った。

 九十九は屈んで、それに手を伸ばし中を開けた。

 その中の一つを手に取ってライトを当てる。


 全長は二十センチメートルくらいで柄がついており、先には三角形の刃がついていた。他にも、土のついた小型のつるはしみたいなものやスコップが入っていた。


「……採掘道具?」


 九十九はそれらを元に戻した。

 ふと、工具箱の横に何か文字が刻まれている事に気づき、光を当てた。


『昭和四十二年 寄贈 三船洋二』


と書かれていた。


「ん?」

 

 工具箱の下に封筒が挟まっているのに気づき、それを抜き取った。


 茶色で生地が薄い、縦に筋が入ったハトロン紙の封筒だった。

 彼は中に入っている紙を取り出し、それに光を当てた。

 黄ばんだ縦書きの便箋びんせんに、達筆な墨筆で文章が書かれあった。


『拝啓


 貴殿たちの日頃からの奮闘に心から敬意を示し、新たに採掘用工具と放射線の危険性を鑑みた防護服をここに贈呈す。何か手がかりを発見した者へは、特別な賞与と借入金の全額免除を与えることを改めて約束する。

諸君の健闘と安全を心から願う。                 敬具


 昭和四十二年  三月二十五日          三船 洋二』



放射線ほうしゃせん……?」


 九十九は慌てるように身を起こし、再びロッカーの上段に置いてあるビニール製のツナギを広げた。

 よく見ると、右脇辺りが激しく破けていた。彼は溜息をつきながら防護服を元に戻した。


 突然、外から人の話し声が聞こえてきた。


『……竜宮りゅうぐうまでは、まだ遠い』


 彼は咄嗟に身を屈めた。

 息を殺し、入口の方へ近づいた。


 小屋のドアの隙間から、外をのぞいた。

 木々の間をって、人が数人歩いているのが見えた。


 灰色の作業帽と作業服を身にまとった男達だった。

 その後を、不自然な姿勢で歩いている人物がいた。


 九十九は目をいた。


「……うそだろ……おい」


 口を布で縛られ、手を後ろに縛られた高倉たかくらが、男二人に両側から支えられながら歩かされていた。

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