第106話――謎の行進


「……!」


 由良ゆらは目を開けた。


 枯れた草が視界に飛び込んできた。


(ここは……)


 彼はゆっくりと上半身を起こした。

 ふと、背中や腕に痛みを感じ、思わず顔をゆがめた。

 

 両手で顔をさする。

 左腕にはめていた時計のガラスに、自分の顔が映っていた。


 だった。


(確か……)


 由良は上を見上げた。


 十メートル以上もあるだろう崖が、山の土肌をさらけ出しながら目の前にそびえていた。


 辺りを見渡した。

 丈の低い枯草が生い茂っていたが、見ると数十メートル先に森が広がっていた。

 由良は全身の痛みを我慢しながら立ち上がり、そちらに向かって歩み始めた。


 前方を見ると、誰かが意図的に堀ったのだろうか。

 境界線のような土のみぞが、左右にずっと延びている。

 由良は中をのぞきこんだ。


「うっ!……」


 止まっていたはえが一斉に舞った。

 悪臭が鼻をつき、思わず仰け反った。


 もう一度、ゆっくりと溝の中を覗き込んだ。

 息を止めて、顔を歪めながらそれを確かめようとした。


ねずみの死骸……?)


 左右を見ると、グロテスクなそれらのかたまりが延々と連なり、森の中へと続いている。


(……何なんだ、これは?)


 あたかも、ここから先に


 ふと時計を見た。

 午前十一時過ぎを差していた。


 由良は、気づいたように首から下げていた方位磁石を手に掴もうとした。

 が、それをくくりつけていた首からぶら下がっている。


「……!」


 崖から落ちた時になくしたのだろうか。

 由良は慌てて元の位置に戻り、枯草の中を必死に探した。

 しかし、磁石は見当たらなかった。


(マズイ……。方角がわからないのでは、動きようがない……)


 その時だった。


 森の奥から、声が聞こえてきた。


「あ――」


 由良は、咄嗟に枯草の中に身を伏せた。


「あ――……あ――……」


 の声を思い出した。


 必死に息を殺す。


 顔を少しだけ上げ、枯草の隙間から森の中を見た。

 木々の間から、白い服が見えた。


 複数だった。

 声は低く、のようだった。

 彼らは、森の奥へと向かっていた。


 由良はゆっくりと立ち上がり、ソーッと草を踏みしめる音を殺しながら、前に進んだ。

 死骸だらけで無数の蠅がたかっている溝を、息を止めながら飛び越えた。

 

 森の中に入った。

 彼らの後を、ばれないように間隔を空けてついて行く。


 その者達は白装束しろしょうぞくを着て、ひつぎのようなものを運んでいた。

 両脇に五人くらいずついる。

 見た感じ、全員が同じように肩まで髪を伸ばしている。


 遠目ながら、そのうちの数人の顔が、ちらっと見えた。

 思わず由良は目を見開いた。


 その顔は、遠目でも映えるぐらいだった。

 白粉おしろいだろうか。

 何かを塗っていることはわかった。

 全員、ゆったりとしたはく刻みで、


「あ――……あ――……あ――……」


と揃って低い声を上げていた。


 掛け声ごとに立ち止まり、また進んでいく。

 暗い樹海の中を。

 まるで、のように。


 由良は思わず唾を呑み込んだ。


(あの棺の中には、何が入っているのだろうか……)


 そう思いながら見つからないように、そのまま彼らの後をついて行った。

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