第103話――音秘目神社

 

 九十九つくもは、早朝五時に目覚めた。

 まだ誰もいないフロントにかぎを置き、旅館りょかんを後にした。


 辺りはまだ真っ暗だった。

 タクシーやバスが通るのは九時以降だと聞いていた。

 流石さすがに待っていられない。


 ペンライトで前方を照らすと、きりがかかっている。

 日中なら綺麗に映えているだろうと思われる真っ暗な紅葉の街道をくぐり、国道へと出た。


 三十分ほど歩くと細い交差点にさしかかり、九十九は左方向にライトを当てた。

 霧でその先は見えない。

 とりあえず、その細い畦道あぜみちを進んで行った。


 交差点から百メートルほど進んだところだった。

 突如、目の前に暗闇と霧から浮かび上がるように鳥居とりいが立ちはだかった。


 間違いない。

 昨日、タクシーの運転手うんてんしゅが言っていた音秘目みあひめ神社の入口だ。

 九十九はそれをくぐり、真っ暗なきりに包まれた畦道あぜみちをひたすらまっすぐに歩いて行った。


 三十分ほど歩いていると、辺りがうっすらと明るくなり始めた。

 見ると、収穫時期を終え刈り取られた田んぼが両側に浮かび上がってきた。


 九十九は前方に目を遣った。

 森がすぐ近くに見えた。


 あの中に神社があるのだろう。

 すぐ近くに、アスファルトの道が見えた。

 別方面から、こちらに続いていたのか。

 それは森の入口手前で大きくカーブを描き、山の中へと続いていた。

 昨日、タクシードライバーが言ってた旧ホテルへの公道なのだろう。


 九十九はえてそちらへ向かった。

 しかし運転手が言っていたように、足を踏み入れて百メートルもしないうちに、倒木がアスファルトの地面を完全に覆い隠していた。


 彼は諦めて元の道へと戻り、森の中へと入って行った。

 山道に沿って二十分ほど歩いていくと、木目がげて白くなった鳥居が見えた。

 そこをくぐり、こけだらけ階段を登って行った。


 本殿ほんでんに行きついた。


 前回の御子みこ神社と同様、御前おまえは枯れ草だらけだった。

『音秘目神社』という古びた扁額へんがくが本殿の上に飾ってあった。


 後ろを振り返った。

 自分が登ってきた階段とは別に、細い山道が下へと続いていた。


 ふと、遠くから人の話し声が聞こえてきた。

 九十九は思わず付近の木陰こかげに隠れた。


 様子をうかがっていると、リュックを背負った一行がやってきた。

 山登りの恰好をしているので普通のパーティかと思い、身を出そうとした。


「……!」


 咄嗟に木陰に戻った。

 が、一瞬見えたからだ。


 九十九は息を潜めながら思った。


(なんでがここに……? ツアーは中止したんじゃなかったのか?)

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