第102話――有志


 高倉たかくらは、プロペラの音で目覚めた。

 目の前は何も見えない。


 声が出ない。

 口元を縛られている。

 頭から何かをかぶされているようだった。


 突然、それを乱暴に引き上げられた。


 髪の毛が静電気で逆立ったのがわかった。 

 いきなり光が目に入ってきたため、まぶしさで思わず目を瞑った。

 猿ぐつわが引き下ろされると、声が聞こえた。


「おはよう」


 目の前に、作業帽を被り眼鏡をかけた浅黒い男が立っていた。


「ええ……と」


 彼はそう言ってしゃがみ込み、いきなり高倉のスーツの内ポケットを探り始めた。

 思わずビクつき、彼女は目を見開きながら男の顔を見た。

 彼は高倉の警察手帳を取り出し、それをめくると言った。


「……高倉真矢たかくらまや巡査。はじめまして。ミナカメディカルワークの弓削ゆげといいます」


 そう言って、また内ポケットにそれを戻した。


「……! あなた達が松村まつむら刑事を! 彼と娘さんは今どこなの?」


 高倉が思わず声を上げた。


「安心してください。彼の娘さんは無事手術を終え、今は、とある場所で体を休めています。数日経てば、元のように元気に生活できますよ」


 疑うような目つきで男を見つめると、高倉は声を落とした。


「……いつ母親の元に返すの?」


「まだ松村刑事には、がありますので。それを終えたら必ず彼女は返します」


 弓削は、ゆっくりと立ち上がりながら言った。


「……彼をだましたのね……」


「騙した……? あなたは、そこにいなかったから知らないかもしれません。私達が約束したのは、ということだけです」


 高倉は言い返したい気持ちを堪え、まず彼らが何者なのかを探ることが先決だと思い、質問を変えた。


「……何が目的なの?」


 すると、男はゆっくりと首を横に振って答えた。


「それを今言ったら、面白くないでしょう。これから見せてあげるんですよ」


「ミナカメディカルワークというのは偽名? そんな会社存在しなかった」


 高倉は探りを続けた。


「いえ。本当の名前ですよ。私たちは別に法人ではありませんから」


 男はあっさりと答えた。


「じゃ、何……?」


「まぁ、敢えて大げさに表現すれば、世の中をよりよくするために同じ志を持って集ったと言ったらいいんでしょうか」


 高倉の顔に緊張が走った。


「……テロリストなの?」


 男は、また首を横に振った。


「そういう呼び方は、やめてください。我々は医学だけでなく、工学、生物学など様々な専門分野のスペシャリストがつどっているんです。私自身も医者です。その辺の幼稚で知性の欠片もないカルト宗教と同じにされてはたまったもんじゃありません。現に、もう既に松村刑事の娘さんを助けてるじゃないですか?」


 高倉はじっと彼をにらみつけたままだ。

 弓削は責めるような彼女の表情を全く気に留めずに話を続けた。


「今の医学といえば、それはもう、。患者の要望なんて二の次。不治ふじやまいと言えるものは本当なら、もううの昔になくなっているはずなのに。自分達の利害を守るために、お互いの足を引っ張り合う事しか考えてない」


 弓削は少し顔を上げ、高倉の背後に見える白い雲々を眺めながら言った。


「医学の進歩を妨げてるのは、他ならぬ医療業界そのもの。私達は、そういうのに、もういい加減うんざりしているんですよ」


「……英雄にでもなったつもりなの? 現に人を拉致して脅迫してる。いくら正当化しても、あなた達のやっている事は、ただの独りよがりで押しつけがましい犯罪行為に過ぎない」


 高倉は、まるで自分たちを聖人のように語る目の前の男に毒ずくように言った。

 弓削は物珍しそうな目で彼女を見ると、口元に笑みを浮かべた。


「まぁ、そんなのはに比べたら、些細ささいなもんです」


 そう言うとゆっくりと屈み、


「ところで……相棒の、九十九つくも刑事は?」


 不意をつくように聞いてきた。

 一瞬、高倉の表情に戸惑いが見えた。

 が、すぐに冷静さを装うように声を落とした。


「……彼は今、謹慎きんしん中よ。居場所はわからない」


 弓削は高倉の顔をマジマジと眺めると言った。


「……なるほど。……島にいるんですね」


「……!」


 高倉が言い返そうとしたが、それを封じるかのように、弓削はまた彼女の口を布で固く縛った。


「大丈夫。もうすぐまた彼に会えるから。それまで、もうしばらく空の旅を満喫まんきつしてください。では、ごゆっくり」


 そう言うと、また彼女の頭にあさの袋をかぶせ、勢いよく引き下ろした。

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