第99話――張り込み

 郷田ごうだ刑事と高倉たかくらは、㈱安田文化財やすだぶんかざいコンサルの事務所から少し離れた場所で、車を止めて張り込んでいた。


 社長しゃちょうは、あれから出てこない。

 助手席で大きく欠伸あくびをすると、郷田ごうだはふんぞり返った。

 チップスをかじりながら、彼は手に持った書類を見て呟いた。


「……三船みふねってじいさんも、相当な食わせもんだな。元々の姓は、『升本ますもと』。戦後、高利貸しで資産を増やし、東京都知事選にも二十代の時に立候補してる。しかし闇金やみきんやってた事が世間に知れ渡り、選挙で落選。よほど悔しかったのか、衆議院代議士三船達雄みふねたつお先生の養子になり、苗字を改姓。以後いろんな事業に着手し、住所を御子島みこしまに移転」


 郷田は資料の次のページめくった。

 

「でも、これは表面上だけ。別宅を東京都内に持ち、実質の住まいはそちら。御子島みこしまで支援していた事業が花開き、住民の信頼を得る。町議会議員に立候補し、当選。議会でも味方をつけていき、あれよあれよという議長ぎちょうに」


「東京都内じゃ闇金の評判が消えませんからね。離れた小さな孤島ことうならと、目をつけたんでしょう」


 高倉が双眼鏡をのぞきながら言った。

 郷田は呆れるように、首を横に振った。


「自分の欲しいものは、どんな手段を使っても手に入れる。島の神社まで買い取って祭まで止めさせるって、どんだけ支配欲のかたまりなんだよ、このジジイは。そこまでして権力にしがみつきたいか?」


「私は欲しいですけど」


 高倉が双眼鏡を持ったまま、さらっと流すように言った。

 郷田が思わず口に咥えていたチップスを下に落としてしまった。


「え? ……ひょっとして、お前、まさか……俺達の上に立とうとしてんの?」


「あっ!」


 突然、高倉が声を上げたので、彼は前を向いた。


 見ると、トラックが二台入ってきて、事務所の前に止まった。

 灰色の作業服と帽子を被った男達が車から下りて、建物に入って行く。


 しばらくすると、出てきた。

 中から何やら機器のようなものを、トラックに積み込み始めた。

 採掘機器だろうか。次々と運ばれていく。そして、帽子を被った安田やすだ社長らしき人物がトラックの助手席に乗り込んだ。


 ドライバーは車両を発進させた。

 しかし、もう一台のトラックは止まったままだ。


「……なぜ、行かない?」


 郷田は高倉に目で合図をすると、共に車を降りた。

 彼は事務所の方に、高倉はトラックの方へと二手に分かれた。

 

 高倉は気配を消しながらも、素早い足取りで大型車両の後ろへと回り込んだ。

 後方のドアが開いている荷台の近くまで行き、そっと中を覗いた。


 奥は真っ暗で何も見えない。


 手前を見ると、ベージュ色の大きな布袋が目に入った。

 高倉は周囲を見回しながら、その袋を開けた。


 中にはいろんなタイプのじゅうが、無造作に入れられていた。


「……!」


 咄嗟に高倉は腰のホルダーから拳銃リボルバーを抜いて、無線で郷田を呼んだ。


「郷田刑事。荷台に銃を発見。彼らは武装している可能性が」


 高倉は声を押し殺した。


『了解』


 郷田の返事が返ってきた。


「うぅ……」


 突然、荷台の奥からうめき声が聞こえ、高倉は思わずそちらに顔を向けた。

 慌てて銃を構え直す。


 左手でスーツの内ポケットを探り、ペンライトを取り出した。

 光を照らしながらトラックの荷台に上がり、ゆっくりと奥へと足を進めて行った。


 さっきの作業員達が積んだ機材らしきものが、数台積み込まれていた。

 一番奥に目をやった。


 高倉の背と同じくらいの長細い段ボールが、


 警戒しながら近づき、そっとふたのガムテープを剥がした。

 高倉は背伸びをしながら、上からライトを照らした。


「……!」


 照らされた光をまぶしそうにして、目を細めた安田やすだ社長が此方こちらを見上げていた。


 頭から血を流し、胸の辺りをロープで縛られていた。

 口は声が出せないように布で縛られていた。


 高倉は慌てて銃をホルダーに戻し、段ボールをゆっくりと荷台の床に倒した。

 安田社長の体を引き抜くと、しゃがみ込み、社長の口に縛られていた布を解きながら言った。


「誰にやられたんです!」


「……彼らだ……ミ……」


 彼は声を止め、高倉の背後に目を遣った。


 咄嗟に振り返った。


 次の瞬間、激しい頭部への衝撃で、彼女はその場に倒れ込んだ。

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