第97話――島の裏事実

 九十九つくもは食事を終え、畳に敷かれた布団の上で横たわりながら考えていた。


 御子みこ音秘目みあひめ洞葺郡ぼらふくぐん

 由良ゆらは今、そのいずれかにいるのだろうか。


 ……みあ信仰、三つの磐座いわくら


 所詮、おとぎ話だが。


 九十九は急にもよおして立ち上がり、部屋を出た。


 トイレの場所がわからず廊下を歩いていると、左側に入るところがあった。

 足を踏み入れると、すぐ右に引き戸があり、半開きになっていた。


 灯りがついていて、九十九はその前を通り過ぎようとした。

 が、中から聞こえてきた声に思わず立ち止まった。


 中年男性の声だった。


「……竜宮りゅうぐうの事を聞いてくるって。もしかして、刑事けいじなんじゃないのか?」


 思わずドキッとしながら、九十九は隠れるように廊下の壁に身を寄せた。

 そして、そっとバレないようにそちらの方に顔を覗かせた。


 板前の白衣と帽子を被った、がっちりとした体つきの五十代くらいの男性が見えた。


「バカ! 刑事だったら言うでしょ? わざわざ隠す必要ないじゃない?」


 女将おかみの声だった。

 男性は言った。


「あの事を知られたら、客が寄りつかなくなる」


(……!)


 九十九は思わず眉をひそめ、息を殺した。


「そうなったら、商売上がったりだ! 俺達の世代で、この島を再興させてきたんだ! それを潰されちゃ、たまんねぇ!」


 男性は続けた。


三船みふね先生は、なんでまた半田はんだなんかと手を組んだんだ……。竜宮りゅうぐうに注目が集まればことも明るみになってしまうのに」


(……何だって?)


「やったのは、絶対だ。あの気色悪い連中に決まってる!」


 それに反論するような女将の声が聞こえてきた。


「でも証拠は何もないんだし……! 毎回地元の警察も動いてくれてるけど何も出ないんだから! また彼らとめ事を起こす気? もう私は、あんな人達と関わるのも御免ごめんだからね!」


 徐々に互いの語調が強まってくるのがわかった。


 すると、もう一人いるのだろうか。

 しわがれた年配と思われる女性の声が聞こえてきた。


「だから、わたしは言ったんだよ……。あの男が、三船がこの島に来た時から、ずっと反対していたのに。お前達は耳を貸さず、祭りまでなくしおって。たたったんじゃ! 音秘目様みあひめさまのお怒りを買ってしまったんじゃ!」


「バカ言ってんじゃねぇよ! ばあちゃん! たたりなんてあるわけねぇだろ! いつまで、そんな御伽話おとぎばなし信じてんだよ!」


 男性が怒鳴り声を上げた。


「しっ……! ちょっ! 静かにしてよ! 外に聞こえるじゃない!」


 女将が声を潜め二人をなだめたかと思うと、こちらに足音が近づいてきた。

 次の瞬間、廊下の壁に身を寄せていた九十九は、彼女と正面から目が合った。

 女将は目を見開き、慌てたように作り笑いをした。


「あ……! あらっ! 先生! すいませんね! 騒いじゃって!」


「あぁ……いや、トイレはどこかなと思って……」


「あちらの突き当りにありますよ。どうぞ、ごゆっくり」


 女将は廊下の奥に向かって、上品に手を差し出した。

 九十九は少し躊躇ためらいがちに、女将の指す方向へと足を進めて行った。


 トイレの手前で振り返ると、思わず仰け反った。

 まだ女将は見送るように笑顔で立っていて、こちらに向かってゆっくりとお辞儀をした。

 九十九は戸惑いを誤魔化ごまかすように軽く会釈えしゃくをした後、バツが悪そうにそそくさとトイレに入って行った。

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