第96話――鎮魂


「……それで?」


 話に引き込まれながら、九十九つくもは続きを聞いた。

 びんを机に置くと、女将おかみは言った。


「兄達は、自分達を待つ妹を、三つの山の頂から取り囲み、呪詛じゅそをかけたんです」


「……呪詛とは?」


 コップを手に持ったまま、それを口にせず問い返した。


「彼らにとって脅威だった彼女の。それを奪い、永遠に閉じ込めた」


 和室に静寂が流れた。

 女将は言い添えた。


「あれらの磐座いわくらは、その時に積み上げて作ったものだという言い伝えも……」


 またが流れ、九十九は我に返るように目をしばたたかせた。


「……ひょっとして、その女神の名が……」


 その先の言葉を継ぐように、女将は言った。


「ええ、『むあ』と呼ばれていたらしく。発音が変わって『』となったとか。元々、声というを司どっていた神なので、その漢字に当てたと」


 女将の話は尚も続く。


「でも、しばらくすると、飢饉、津波、地震などいろんな災いが起こるようになり、兄達はだと自分達の行いを悔いました。そして仏獄に足を運び、彼女の遺体を手厚く埋葬し、供養をした。五穀豊穣などの捧げ物をし、彼女の魂をしずめようとした。それでも、災いはおさまらず……」


 突然、口をつぐんだ女将を見て、思わず九十九は食い気味にき返した。


「何です……?」


 女将は言葉に詰まりながらも、声を落として言った。


を……捧げたという言い伝えが。実は、御子島の『御子みこ』も、元々の書き方は『』だとか……」


 少し喋り過ぎた事に気づいたように、そこで彼女は話を止めた。


「……その風習が今も続いてるとか?」


 探るように、九十九が問い返すと、


「まさか! 弥生やよい時代じゃないんですから! もう先生!」

 

 急に表情を緩め、女将はこちらに手の平を倒した。

 それにつられ九十九が安堵の笑みを浮かべると、彼女は言い添えた。


奉納ほうのうするという祭りは五十年前くらいまでは、あったんですけどね」


「……人形?」


「ええ。日本人形やら、わら人形やら。ひつぎにいっぱいに詰め込んで、三つの山頂までみんなで運ぶという。それぞれの磐座いわくらの前で祝詞のりとを唱えながらき上げるという儀式が、年初めに。全員が白粉おしろいを顔に塗りたくって白装束しろしょうぞくになってね。不気味でしょ?」


「……へぇ」


「でも三船先生がここを開拓し始めてからは、祭を引き継ぐ人達がどんどん少なくなってきて。『御子みこ神社』と『音秘目みあひめ神社』が先生の所有地になってからは特にね」


「神社までも買い取ったんですか?」


 九十九が驚いた表情を向けると、女将は落ち着いた笑みを浮かべたまま答えた。


「ええ。それからというもの、その二社では祭りを止めるようになって。当時は、旧くからの住民と随分揉めてましたよ。でも今ではその反対してた人達も、全員歳をとっちゃってね」


「……祭りは完全に廃止されたと?」


 すると、女将は首を横に振った。


洞葺ぼらふく郡だけは今もまだ。そこにある山の麓に『洞葺ぼらふくの神社』と言うのがあって。……宮司ぐうじさんがちょっと変わり者で。今でもしょっちゅう儀式をやってるとかで」


「……しょっちゅうですか?」


 それまで穏やかだった女将の表情が少しゆがんだ。


「他の二つの神社が祭りを止めちゃったから、その分もやらなきゃいけないとか……風変りな方々だから、私達は関わらないようにしてますが」


半田義就はんだよしなり先生は、ご存知ですか?」


 九十九が少し唐突に尋ねると、女将の顔が一瞬だけ驚いたのがわかった。

 すぐに笑顔に戻り、彼女は口を開いた。


「ええ。あの学者先生ですね。存じ上げています」


 会話がそこで途切れたので、九十九の方から続けて質問をした。


「彼は、にヒミコの墓があると言っていましたが」


 すると、さっきよりは余所余所よそよそしい感じで、


「そうですね。そうだったらすごく嬉しいわ。みあ信仰なんて、所詮作り話ですから。まだヒミコの方が信憑性しんぴょうせいありますし。ここも観光客が増えて賑わうから」


 そう言って女将は笑いながら、こちらに向き直り、


「それでは先生。ごゆっくり」


 と鄭重ていちょうに畳に両手をつき、お辞儀をすると部屋を後にした。


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