第94話――音信仰


記者きしゃの先生なんですって? 温泉街の取材に?」


 女将おかみが料理を机に並べながら言った。

 島で獲れたものだろうか。

 たいを煮たもの、刺身料理、てんぷらなど、お一人様にしては豪勢に見える。


「ええ。竜宮の事件を調べまして」


 入浴を終え、浴衣姿になっていた九十九つくも胡坐あぐらをかいたまま答えた。

 ほんのわずかだが、ビールを注いでいる女将の笑顔が揺らいだのがわかった。

 九十九はグラスを手に持ったまま、それとなく問いかけた。


「運転手さんから聞いたのですが、みあ信仰というのは?」


 すぐに明るい笑顔に戻ると、女将は言った。


「あぁ、あれは、ただの迷信ですよ。昔からこの島に住んでいる人たちの……」


 あまり触れたくないのだろうか。

 話を終わらせたいかのような彼女の様子に気づき、九十九は少し話題をらすことにした。


? ここの出身の方では?」


 すると、女将は控え目に手を横に振った。


「いいえ。私は本土から嫁に来たんです。元々、この辺りは農家ばかりで、一面、山や畑ばかりだったんですよ」


「じゃあ、旅館というのも?」


「ええ。私の代からなんです。この辺りの宿屋は、みんなそうですよ。三船みふね先生が出資なさって開拓されたんです」


 九十九は関心を装う様にうなずいた。


「へぇ……元々この島に住んでいる方達は、もういないんですか?」


「いえいえ、義母がここ出身です。でも、大分少なくなってきてますね。この音秘目郡ではほとんどいません。御子郡みこぐんもそうですし」


「御子郡?」


御子みこ神社近辺の地域です。区画整理で、今では『御子町みこちょう』と一括りにされてますけど、昔は三つの区域に分かれていたんです」


「へぇ」


 ビールを口に含み、九十九は話の続きを聞いた。


「今いるこの区域が『音秘目みあひめ郡』、御子神社周辺の『御子みこ郡』、そして、もう一つが、『洞葺ぼらふく郡』といって……」


 最後のところで、少し女将の表情がくもった。

 彼女は言葉を選ぶように話を続けた。


「その『洞葺ぼらふく郡』の地域の人は、いまだにその『みあ信仰』を続けてましてね」


「……どんな信仰なんですか?」


「まぁ、どこにでもよくあるような神話伝承ですよ」


 そう言うと、女将はその言い伝えを語り始めた。


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