第93話――音秘目
「パークスカイホテルが建つ前に、元々そこにあった
三船洋二――
まだ彼がマル暴にいた頃、ある闇金組織についての過去の事件を洗っていた時に出てきたのが、
戦後、高利貸しで財を築き上げた彼は警察の捜査が及ぶ前に、後継者に後を譲り、姿を暗ました。
彼が関わった案件は全て時効になっており追及は不可能だったが、今は姓も名も変えていることだけはわかった。
まさに今、運転手から聞かされた名前が、それだ。
「……三船先生の事をよく御存じで?」
九十九は、それとなく探りを入れた。
「ええ。戦後、島自体が過疎化して、衰退しかけていたのを復興させたのも先生だしね。タクシーなんて走ってなかったし。温泉もそう。あと、農業もいろんな品種を取り入れてね。漁業も高齢化で人がどんどん減っていた時に、本土から若い人材を呼んで。今では漁師ばっかりだしな。
「え? 桜までも?」
九十九が思わず素直に驚くように声を上げた。
「ええ。すごいでしょ? あの事件が起きて先生ね。申し訳なく思ったんだろうね。島のみんなを励ます意味で、船でたくさんの木を運んで、ここに植えたんですよ。それで観光客を呼んで旅館やホテルも建ててね」
話してるうちに、その山の
「もうすぐですよ。ああ……そういや、同じような記者の方がよく来てたんだけど、最近は見ないな。
九十九は表情を変えずに問い返した。
「へぇ、どんな記者でした? ああ……いや、知り合いかもと」
「ええ。特徴的な顔だったからよく覚えてますよ。浅黒くて、細い銀縁眼鏡かけた。着きましたよ」
運転手は、路肩にタクシーを停めた。
「この細い
思わず聞き間違えたのかと思い、九十九は運転手に向き直った。
「……一時間?」
表情を変えず運転手は
「ええ。まっすぐ行かないと駄目だよ。途中で右に公道があるけど、あれはホテル建設のために作られた道で、今では倒木やら土砂やらで通れたもんじゃないから」
九十九は時計を見た。
夕方五時を回っていて、辺りはもう薄暗くなり始めていた。
運転手は問いかけた。
「先生。今晩の宿はどちらに?」
当然のごとく聞かれたその質問に対し、
「いや……実は、まだ」
九十九は少し恥ずかし気に答えた。
すると、
「よかったら、知り合いの旅館に聞いてみましょうか? この
運転手はガラケーの携帯を取り出し、誰かに電話をかけた。
「……ああ! よっちゃん? 本土から記者の先生が来てるんだけど、今晩空きがあれば泊めてあげてくれない? ……ああっ、そう! 大丈夫? ……じゃあ今から連れて行くわ」
電話を切ると、彼は振り返り、
「空いてますって」
そう言って、再び車を発進させた。
十分くらい走っていると、左側に薄暗いながらも紅葉が見え、夕日に染められている光景が目に入った。
まだ紅葉初期で、所々緑や黄色が見えたが、九十九が目を奪われていると、
「すごいでしょ? ここは紅葉と温泉の観光スポットで、この先に宿泊区があるんです」
国道を左に逸れ、紅葉に囲まれた
大きなホテルも立ち並んでいて、進んでいくうちにいろんな土産物屋が道の両脇に並んでいるのが見えた。
ある筋を左に入ると、タクシーは停まった。
『世志乃屋』と、紺の生地に白い字が縦に書かれた
玄関前には、薄い桃色の着物を羽織り、髪を上に上げた上品な五十代くらいの女性が立っていた。
運転手は助手席の窓を開け、体をそちらに寄せながら女性に声をかけた。
「よっちゃん悪いね。急に」
「いいのよ、お互い様だから。まぁ、先生! いらっしゃいませ! 遠い所からお疲れでしょ? さぁどうぞ」
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