第92話――廃墟へ


九十九つくもは一度下山した。

一車線の国道へ出ると、何とかタクシーを拾った。

その六十代くらいの男性ドライバーが、こちらを向いて言った。

 

「どちらまで?」


「あの、近辺の山の頂上に建物が見えたんですが、あれは何ですか?」


 すると、運転手の表情が途端にくもったのがわかった。

 

「山の頂上? ……もしかして……パークスカイホテルのことを言ってんですか?」


「ええ! そう! そのパークスカイのふもとあたりまで行けますか?」


 九十九が言うと、運転手は渋い顔つきで、


「……車が入って行けるとこまでなら」


 少し躊躇ためらいがちに言った。

 すると運転手は、


「一つ伺いますが……へは行かないですよね?」


 と、逆に訊き返してきた。

 咄嗟に九十九は言葉に詰まったが、即座に言い直った。


「……あっ……ええ! もちろん!」


(……竜宮……)

 

 その響きで、すぐにの事を指しているのがわかった。

 運転手は少し安堵したような表情を見せると言った。


「じゃあ、どうぞ」


 九十九は車に乗り込むと、運転手の背後から問いかけた。


「あの……眼鏡をかけた小柄な男性を見かけませんでしたか? 見かけは二十代。天然パーマの」


 バックミラー越しに男性はこちらを向いた。


「……天然パーマ? さぁ……何せ観光客が多いもんでねぇ。写真とかはあるんですか?」


「……いえ。あぁ、じゃあ、とりあえずその……パークホテルへ」


 運転手は車を出した。


 しばらく沈黙が続き、バックミラー越しにチラッと目が合った。

 運転手は遠慮がちに口を開いた。

 

「……あそこへ何をしに? ……ホテルはとっくにつぶれて、今は廃墟はいきょですよ」


「実は、私――」


 九十九は一瞬出そうになった言葉を呑み込んだ。

 

「……記者きしゃなんです。いろんな事件を調べてて」


 ――迂闊うかつに警察であることをバラすのは危険だ。何処に敵が潜んでいるのかも分からない――


 ミラー越しに、運転手が少し驚いたのがわかった。

 

「へぇ! それはまた。もしかして、あの竜宮の事件を?」


「ええ! そうなんです。事件の事はお詳しいんですか?」


 すると、運転手は少し得意気に語り始めた。


「そりゃもう……。私もまだ小学生の頃で、島全体が竜宮の話で持ちきりでしたよ。当時は、三船先生が、音秘目様みあひめさまやしろを壊したからたたったんだってね」


「……音秘目様みあひめさま……の社?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る