第90話――白い服


「……終わりだって? 一体、何が終わるんだ!」


 返事は返ってこなかった。

 

 由良ゆらしばらくその場から動けないままでいた。

 ふと、彼は気づいた。

 

半田はんださん達がツアーに……彼らを止めないと」


 由良はツアーが中止になったことを知らなかった。

 ポケットから携帯を取り出した。

 半田義就はんだよしなりの事務所の番号を検索しようとしたが、電波は届いていなかった。


 由良は携帯をポケットに突っ込み、来た道を駆け下るように走り始めた。

 

 ふと、辺りを見回した。

 いつのまにか、来た時の風景と違っていることに気づいた。

 

「……! くそ!」


 前方を見た。

 思わず立ち止まった。

 

 が、向こうへゆっくりと動いているのが見えた。

 その上に、黒いものが風に揺れていた。

 

 髪の毛だった。


 肩ぐらいまで伸びたそれを見て、由良は思い出した。

 

 山下正美の部屋。

 神棚の前で見た、女性の後ろ姿。

 

 そして――

 さっき、日誌にあった

 

 だ。


 由良は息を呑み、ゆっくりと前に足を踏み出した。

 

『駄目だ。行くんじゃない』


 頭の中で、また男性の声が響いた。

 思わず足を止めて、辺りを見渡した。

 

 そうしてる間にも、その白装束の人物が向こうへ離れていくのに気づき、また急いで追いかけた。

 

 追いかけても追いかけても、その差は縮まらなかった。

 ススキが生い茂っていて、視界が悪くなってきた。

 それらの背がだんだんと高くなり始めた。

 

「……!」


 不意に、体のバランスが崩れた。


 気づいた時には、遅かった。

 

 土肌が露出したがけから、彼は転落していった。


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