第88話――日誌三

『昭和四十三年 二月一日。

 約九カ月ぶりに隊を一新。

 新しい猟師へ警備を依頼し、作業を再開する。

 隊長は引き続き私、碇一郎が継続す。


 前回の発掘作業時に発見した人骨の鑑定の結果、それらはごく最近、埋葬されたものと判明。その時期は一年以内らしい。

 どういうことなのか。

 まさか、あの噂は、本当だったのだろうか。

 本当に、彼らが。


 午前八時半に仏獄入りし、前回作業を中断した二つの大岩地点へ到着。

 直径二メートルほどの二つの穴も確認。二つとも、泥水が三分の一くらいまで溜まっていた。

 中の水を全て排出し、新たに掘り起こす。

 何も発見されず。


昭和四十三年 二月二十日

 穴を二つとも埋め直し、また登り始める


昭和四十三年 二月二十一日

 午前八時過ぎに仏獄入り。

 二時間ほど歩いていると、頭上から光が差してきた。


 まさかと思った。

 一年ほど捜索を続けていて、初めての経験だった。

 隊員全員が歓喜の声を上げ、足早に山の木々が生い茂る急斜面を駆け上がった。


 頂上へ辿り着いた。

 これで、やっと借りを返せた。

 長い苦痛の日々も終わった。

 そう思いながら景色を見下ろした。

 目の前には、なだらかな木々の斜面が下り、樹海が広がっていた。

 私は気づいた。


 なんで、山々を見上げているのか。


 気づいて後ろを振り返った。

 そこには、寄り添うように、二つの大岩が据え置かれていた。

 地面に目をやると、その両端に埋め直したような跡が見えた。


 私たちは、「元の振り出し位置」に戻っていた』

 

 日付は、また飛んでいた。


『昭和四十三年 四月二日

 所々に桜の花が咲き始める。


 本日、新しい隊員が投入された。

 もう、これで何人目になるだろうか。

 途中で地面が掘り返されたような痕跡を見つける。

 調査するため、そこを掘り返す。が、すぐにそこは、以前自分たちが発掘していた場所だと気づく。

 

 まただ。

 こんなことを、ずっと続けている。

 また隊員の一人が、山を下りた。


 さすがに私も、もう限界だ』


 文章は、そこで途切れていて、以降は白紙だった。


 ふと見ると、ベッドの手すりに何かが無造作に掛けられてあった。

 ツナギのようだった。


 由良ゆらはそれを手に取り、窓際の光に当てた。

 ほこりかぶっていて手で払うと、パリパリになった白地の合成樹脂ごうせいじゅしが見え、四角いパーカーのようなものがついている。

 その前面に透明の黄ばんだビニールがついていた。

 

 防護服ぼうごふくなのだろうか。

 由良は、それに鼻を近づけた。

 ビニールの臭いと、汗が腐ったような淀んだ臭いがして、思わず由良はむせるようにき込んだ。

 

 少し迷った後、由良はそれをベッドの上で手早く畳み、日誌とともに自分のリュックの中に詰め込んだ。


 彼は思った。


(事は想像していた以上に、なのかもしれない……)

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