第87話――日誌二


『――昭和四十二年 五月五日

  作業途中で、隊員が仏獄入口付近の左の大岩を見上げた方向、数十メートル先の木々の間に、白い服の人物を目撃。

 作業を中断。

 女性だったと言うが、見当たらず作業を再開。

 何も発掘できず。


 昭和四十二年 五月六日

 発掘途中で、右の穴を発掘していた隊員が穴から出たところを、突然現れた熊に襲われそうになった。

 地面に落ちていたシャベルで威嚇したところ、熊は驚いて頂上の方へ逃げて行った。

 幸い軽傷で済む。

 以前も女性を見た翌日に、隊員が被爆。

 仲間の間に良からぬ噂が広まる。


 昭和四十二年 五月十四日

 今日も、同じ場所で発掘作業を行う。

 地中、三メートル辺りで何か見えてきた。

 作業員が、慎重にそれらを傷つけないよう土を掘り返す。

 初めは木屑が何かだと思い、作業を続けるうちに、人の頭蓋骨のようなものが出てきた。


 ここは、誰かの墓だったのか。

 掘り続けて行くうちに、それは、二つ、三つ、四つ……数えると、五体以上か。

 隊員を一人下山させ、即座に三船氏に報告。

 この山を調査して、はじめての収穫だ。

 作業を終えて、山小屋に帰る。


 いつものように非常用の缶詰を口にし、隊員たちと寝室でポーカーをしている途中に、突然停電する――』


寝室しんしつ?」


 日誌にっしを読んでいる途中で由良ゆらは、思わずライトで周囲を照らした。


 机の向かいの壁に、よく見ないとわからなかったが、丸く汚れたドアノブがあり、それをゆっくり手前に引くと、きしみ音を立てながらドアが開いた。

 と同時に、光が中に差し込んできた。

 

 見てすぐに、寝室だとわかった。

 突き当たりには窓が見える。

 二段ベッドが左右にあり、その上に布団も敷いてあった。

 誰もおらず、寝具はどれも黄ばんでいて埃だらけだった。


 由良は光の差す窓際に行き、日誌の続きを読み始めた――


『――突然停電する。

 発電機の故障かと思い小屋の裏を見に行こうと、ベッドから立ち上がろうとした時、窓から月の光が差していた。

 窓の右下に、何か黒い塊のようなものが見えた。

 それはゆっくりと上に動いていくと、青白いものが露わになった。


 人の瞼だった。

 それは閉じられていて、下へ釣り下がっていた。

 瞼より下は見えなかった。

 隊員全員が、悲鳴を上げた。

 それはスッと右方向に消えていなくなった。

 慌ててそれを確かめるために、私は外に出た。

 小屋の裏側に回り、さっき「それ」が見えた窓をライトで照らした。

 すると背後で音がし、咄嗟に私は振り返った。

 何かが、もの凄い速度で音を立てながら、ススキの中を走って行くのがわかった。

 それは樹海の方へ向かっていた。

 顔を上げると、仏獄の方向だった。


 あれは一体、何だったのか。


 昭和四十二年 五月十五日

 いつもと同じく朝八時くらいに仏獄入りし、昨日の発掘場所で作業を再開。

 数時間後、突然、木々の間から、ツキノワグマが現れる。

 警備のマタギが、発砲しようとしたが、銃が作動せず襲われる。

 他のマタギが発砲し、ツキノワグマは即死。

 襲われたマタギの応急処置を試みたが、頸部を鋭く噛まれ、既に死亡していた。


 昭和四十二年 五月十六日

 死者が出て作業は中止になり、再開は未定。

 私以外の全ての隊員が山を下り、離脱。

 自分は隊長であり、また三船氏には借りがある。

 続けるしかない。


 昭和四十二年 五月十八日

 三船氏からの指示で、正式に作業を断念すると報告を受ける。

 本日、私も山を下りる』


 次のページを開くと、白紙だった。

 が、何ページかめくると、また文章が続いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る