第86話――日誌


『昭和四十二年 二月十日

 天気 晴れ。

 今日も午前八時に仏獄入りす。

 頂上への登頂を試みたが途中で断念し、山小屋へ帰還。

 今日で捜索は一カ月になるが、未だ到達できず。

 見た目では、標高千メートル足らずの山だ。半日あれば十分登れる距離のはずなのに、何故だ。


 昭和四十二年 二月十一日

 三船氏の要請を受け、頂上への登頂よりも発掘を優先させるよう指示を受け、隊員全員と打ち合わせを開始。


 昭和四十二年 二月十八日

 天気 雨。

 仏獄を目指し出発したが、雨が激しく途中で断念し、引き返す。


 昭和四十二年 二月十九日

 天気 晴れ。

 樹海を抜け、午前七時四十五分、仏獄入りす。

 以前、登頂の際にも報告はしていた仏獄の入口付近に、向き合うような二つの大岩を再度、発見。

 大きさは、二つとも全長と幅が二メートルほど。

 その両者の間隔は、地面を図ると一メートルほど。

 右側の岩は上部へいくほど、幅が大きくなり、両者の間は、八十センチメートルまでの間隔に狭まる。

 まるで右の岩が寄り添うようになっていて、夫婦のように見えなくもない。

 その二つの岩付近で、何か掘り返したような土の跡を発見。発掘調査を行う。


 昭和四十二年 二月二十日

 作業の途中で、発掘場所からおよそ二十メートルほど離れた山道に、女性らしき姿を目撃。服装は白。

 作業を中断し、声をかけようとそちらに向かうが、途中で見失う。

 その後、作業を再開、何も発掘せず。


 昭和四十二年 二月二十一日

 発掘中に一人の作業員が発熱、嘔吐など体調の不良を訴え、下山。


 昭和四十二年 二月二十七日

 下山した隊員の診断の結果、「急性放射性症候群」と診断され、入院。その隊員は作業隊から離脱。

 私達も被爆の可能性があり、全員下山、検査を受ける。


 昭和四十二年 三月七日

 検査の結果、他の隊員は全員異常は見られず。


 昭和四十二年 三月二十九日

 放射線の危険性を鑑み作業を中断していたが、全員防護服を着用し、約一カ月ぶりに作業を再開。

 被爆者は、現在一名のみ――』



放射線ほうしゃせん……?」


 日誌を読んでいた由良ゆらは眉をひそめながら、尚もページを進めた――

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