第82話――安田文化財コンサル


安田利一やすだりいち。五十五歳。東京大学工学部卒業後、探知機を製造するメーカーに勤務。開発部門に従事していたが、十五年前に独立。とある集まりで三船みふね氏と懇意の仲になり、それ以降、御子島みこしまの発掘を委託されるようになる。十年間、他の企業と協力してやってましたが、五年前に契約が切れています」


「じゃあ、今は何処どこと手を組んでる?」


 助手席に背凭れた郷田ごうだ刑事は、近くのディスカウントスーパーで買ったホワイトスティックチョコをかじりながら、運転席の高倉たかくらに問い返した。

 

 九十九つくも謹慎きんしん処分になり、彼より四つ年下で四十四歳の郷田孝之ごうだたかゆき刑事が、高倉の相棒になっていた。

 

 小太りで二重顎にじゅうあごが少し目立つが、高校、大学とラグビーをやっており、警察官になったばかりの時は警視庁の選手としても活動していた。

 九十九とは組んだことはなかったが、同じ刑事部の中での付き合いは長かった。

 

 郷田と高倉は、港区にある㈱安田文化財コンサルの事務所前に車を止めていた。


 高倉が話を続けた。

 

「気になることが。安田社長は消費者金融に多額の借金がありましたが、五年前に突然、全額返済しています。ちょうど、そのもう一社と手を切る前後くらいに」


「借金を肩代わりしてくれるを見つけたのか」


 郷田はそう言った後、高倉の方をチラッと見た。

 

「高倉。九十九つくもさんと、まだ連絡を取ってるのか」


 探るような口調で訊いてきた。

 

「いえ」


 高倉は目をらし、それ以上語るとボロが出ると思い口を閉じた。

 郷田は続けた。


「あの人が、あんなに取り乱しているのは今まで見たことがない。松村の件もあるが……。あの由良ゆらとかいう占い師に会ってからだ。様子がおかしくなったのは」


 郷田が露骨に忌み嫌うような表情を見せた。

 

です」


 高倉は前を向いたまま、それとなく返した。

 すると、郷田が高倉の顔をじっと見つめ始めた。

 

「なっ……何です?」


 高倉が思わず仰け反る素振りをすると、

 

「……お前もまさか、奴にされてんじゃねぇだろうな?」


 険しい顔で問い詰めてきた。

 

「違いますよ!」


 咄嗟に否定すると、郷田が語調を強めた。

 

「頼むぞおい。刑事が失踪してるんだ。お前までになるなんて勘弁してくれよ……」


 少し責め立てるように言うと、

 

「あっ! 来ました!」


 郷田の追及を早く終わらせたいかのように、高倉が窓ガラスの向こうを指差した。

 見ると、灰色の作業着の下にネクタイを通した中年男性がこちらに歩いてきた。

 

「よし」


 郷田と高倉はドアを開け車から降りると、その男性に近づいていった。

 

安田やすだ社長ですか?」


 事務所ドアの鍵を開けようとしていたその男性の背後から、郷田が声をかけた。

 

「……え? はい。そうですが……」


 白髪交じりのその中年男性はいぶかし気に、二人の刑事を交互に見つめた。

 

「警視庁の郷田ごうだといいます」


「……警察?」


 安田は眉をひそめたままだ。

 

「最近、刑事が失踪した事件をご存知で?」


 まばたきをすると、社長は戸惑いながら、


「……ああ、ええ。ニュースで……それが?」


 怪訝けげんな表情を向けたまま問い返した。

 

「少し発掘関連の企業を調べてまして。この会社は、社長お一人で?」


 安田の手に握られている鍵に目を遣りながら、郷田は問いかけた。

 

「……そうですが」


 彼の表情が強張ったのがわかった。

 

「多くの発掘を、で?」

 

 探るように問いかけると、安田は必死に居直るように言った。


「……アルバイトを毎回雇っているんです」


 引きった彼の顔を見つめながら、郷田は質問を続けた。


「御子島の発掘をされてますね? 五年前までは別の会社とやってきたのに、何故、突然、手をお切りに?」


「別に、違法じゃないでしょ」


 少しムキになるように安田は反論した。

 

「以前、消費者金融に借金がおありでしたよね? もうすでに完済されてますが、どうやって――」


 明白あからさまに安田の表情が一変したのがわかった。

 すると、


「……ちょっと仕事が入っているので、すいません今日は」


 質問から逃れるように、顔を強張らせながらドアを開け、事務所の中へと入って行った。

 郷田と高倉は顔を見合わせた。


 

 安田は中に入ると、すぐさま事務所の電話を手にとり、にかけた。

 相手が出るや、否や、

 

「警察が来た……刑事が失踪って?」


 向こうからの返答を聞くと、彼は思わず声を上げそうになった。


「何だって!……」


 ドアの方をうかがいながら声をひそめた。


「三船氏から聞いた……君達は一体何者なんだ?  私は……面倒な事には関わりたくない!」


 そう言うと、安田は怯えるように受話器を置いた。

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