第77話――離脱


「ったく……!」


 白川しらかわ部長は、黙ったままうつむいている九十九つくもを見つめ、深く溜息をついた。

 

「向こうも酔っていたから、起訴はなさそうだ……。九十九! お前、一体どうしちまったんだ!」


 部長は思わず悲痛にも似た声を張り上げた。

 

松村まつむらの妻が、あの場にいたんです! 生きているんですよ!」


 九十九は両手を机につき、前のめりになりながら興奮した声を上げた。

 

「……その件は、高倉達にまかせる。しばらくお前は、頭を冷やせ!」


 また溜息をつくと部長は椅子にもたれ、あごで何かを促した。


 が流れた。

 

 少し躊躇ためらうと納得できない様子のまま、九十九はバッジと銃を取り出し、部長の目の前に置いた。


 無言で軽く一礼をした後、出口に向かった。

 

「九十九さ……」


 何か言いかけた高倉たかくらの前をそのまま素通りし、彼はドアを開け、部屋を出て行った。

 

「だから見ておけって言っただろぉ! ったく……!」


 ぼやくように声を上げると、部長は机に肘をつき額を押さえながら、また大きく息を漏らした。

 

「すっ……すいません!」


 高倉は深々と頭を下げた後、急いで部屋から飛び出した。

 

「九十九さん!」


 後ろから彼に呼び掛けた。

 九十九は振り返らず、そのまま廊下を歩いて行く。

 

「……! 九十九さん!」


 彼に追いつくと、歩いている横から問いかけた。

 

「松村さんの奥さんは、何と?」


 九十九は足を止めた。

 高倉の方を向いたその瞬間だった。

 

 脳裏に、パーキングエリアで見た例のシーンがフラッシュバックした。

 だ。

 

 目をしばたたかせ我に返ると、彼は咄嗟に言葉を呑み込んだ。

 

「九十九さん!」


 高倉がさらに追及しようとすると、

 

「ミナカだ……」


「……え?」


 九十九は少し辺りを見回した後、小声でささやいた。


「……ミナカメディカルワークという製薬会社を調べろ。そいつらが、松村と娘をさらった」


 そう伝えると、彼は足早に階段を駆け下りて行った。

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