第75話――ミナカメディカルワーク


「……何者なんだ?」


 松村まつむらは問いかけた。

 

『それは、またお会いしてから。もし、あなたがであれば、サンライフビルの三〇五に、十四時に』


 そう言って男は、電話を切った――


 夫人ふじんは言った。


「主人が待ち合わせ場所に行くと、そこは空室のテナントでした。でも、そこにスーツを着た男性が一人で待ってて。『ミナカメディカルワーク』という名刺を。そこで治療法を紹介されて……金額を聞いたら」――



「お金はいただきません」


 その控えめな紺色のスーツを着た男は、口元に笑みを浮かべて言った。


 見た目は、三十代後半から四十代くらいだろうか。

 長細い四角ばった銀縁眼鏡をかけ、肌は少し浅黒く頬はこけて面長。

 髪は全て上に上げている。

 

「……何だって?」


 意味が分からず、松村まつむらは問い返した。

 男は言った。

 

、ご主人にやっていただきたいことが」


 途端に、松村の表情が険しくなった。

 彼のにらむような目つきを全く気に留めない様に、男は語り始めた。


「今から一週間後に、西野裕子にしのゆうこさん、山下正美やましたまさみさんという女性が、。一時は事件になり、あなたの署で担当されることになるでしょう」


 松村は眉をひそめた。


「何だって……? 一体、何の話をしてる? 亡くなるって、まだ生きてるのか?」


「大事なのは、。それだけです」


 男は松村の言葉を途中でさえぎるように、強めの口調で言い放った。

 警戒した様子で、松村は問いかけた。

 

「……やるって……一体、何を?」


「特に難しい事ではありません。


 男は更に距離を詰めて立ち止まり、あらたまるように言った。。

 

「彼女達の死亡後に、をこちらに持って来ていただきたいのです」


「……いし?」


 男は丁寧に相槌あいづちを打つと、話を続けた。

 

「それは、彼女達がから持ち帰ったもので、とても希少なものです。実は私共で、ある研究を今進めています。その上で、とてもになるのです」


 突然、松村がすごむような表情で口を開いた。

 

「……俺が刑事だとわかってて、言ってんだろうな?」


「ええ。もちろん」


 男は全くたじろぐ様子はない。

 それを見て、松村は更に圧力をかけるようににらみつけた。

 

「捜査に関わる物的証拠だ。クビだけでは済まされない。警官である俺に、?」


 男の表情は微塵みじんも変わらない。

 松村は更に畳み掛けるように、


「それに、未然に起こるとわかる事件なら、阻止する義務が警察にはある」


 そう言って腰のホルダーから銃を抜いた。

 すると男は少し笑いながらも驚いた素振りで、両手を上げながら言った。

 

「いえいえ! 何か誤解をされているようで。私たちは、その死に一切関与しません」


 松村は銃を男に向けたまま、更に眉をひそめた。

 不敵な笑みを浮かべたまま、男は言った。


「彼女達が亡くなるのは、あくまで寿からです。それらの死と石は、ある種の因果関係があると私達は見ています。それを調べたいんですよ。心配いりません。小石の一つくらいなくなったからと言って、誰も気には留めませんよ」


 探るように男の顔をマジマジと眺めると、松村は唇を噛みしめながら言った。

 

「……金は何とかする。俺は警察だ。法は侵せない。そんなのあんたらで勝手にやればいい。彼女達にくれとでも頼むんだな」


 彼の意志は固かった。

 しかし男は動揺の色一つ見せずに、優しい目をしながら言い放った。


「お金は関係ありません。私達が欲しいのは、あなたのです」


 途端に、松村の表情が悲痛なものになった。

 

「……! なぜだ! こんなの馬鹿げてる! 俺には……俺には、無理だ……」


 必死に拒絶するように首を横に振った。


 すると男の口元から、ゆっくりと笑みが消えた。

 軽く溜息をつくと、

 

「そうですか……残念です。この話は忘れてください」


 視線を床に落とし、出口へ向かおうと歩き出した。


 すれ違う、その瞬間だった。


 松村は男の胸倉を掴み、銃を彼の頭に突きつけた。

 

「人の気持ちをもてあそんで……! 神にでもなったつもりか!」


 震えた松村は涙ぐむのを必死にこらえながら叫んだ。

 男は相変わらず、表情一つ変えなかった。

 

「私は自分の仕事をしているだけです」


 松村は、本当に引き金を引きそうな衝動に駆られた。

 が、寸前でこらえた。

 その気持ちを振り払うかのように、男を強く突き放した。


 呼吸を整えながら、目を閉じ、必死に気持ちを落ち着かせようとした。

 目を開けると、再び銃を男に向けて彼は言った。

 

「……石を持ってきたら、必ず娘に手術を受けさせろ」


 再び口元に笑みを浮かべた男に、松村は何度も念を押すように言った。

 

「もし約束を破ったら、お前を殺す。手術が失敗しても殺す! 必ず殺す!」


「……よくわかりました」


 男はスーツのしわを直しながら、尚も冷静な口調で言い添えた。

 

「一応お断りしておきますが。そちらは警察なので、もちろん私達の事をお調べになるとは思います。でも、それもすぐにこちらに伝わります。石を手に入れるまでは、していただきたい。言ってる意味はお分かりですね?」


 松村は言い返したい気持ちをグッとこらえた。

 

「それでは連絡をお待ちしています」


 男はそう言って出口に向かって歩き出した。

 

「ああ……最後にもう一つだけ」


 男は思い出したように振り返った。

 

「チャンスは必ずあります。一回目は、彼女の持ち物。二回目は、彼女の部屋」


「……? ど、どういう意味だ?」


 意味が理解できず、松村は眉をひそめたままだ。

 

「その時になれば、必ずわかりますよ。では」


 そう言って、男は空室のテナントのドアを開け、部屋から出て行った。

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