第73話――スイッチ


 死人が生きて話す。


 九十九つくもは、自分の中で何かが変わっていくことを、はっきりと実感していた。


 こんな経験はしたことはない。

 物心ついた時から、幽霊なんて信じるのはバカだと本当に思っていた。

 

 しかし、あの由良ゆらという男に出会ってから、自分の中の何かにが入った。

 

『あなた、自分の能力に気づいていないんです』


 ふと、取調室での由良の言葉がよみがえってきた。

 

 理詰りづめで追い込んでいくのが刑事だ。

 しかし今は、それが

 

 九十九は言いようのない不安に駆られながら、夜の街を駅に向かいながら歩いていた。

 

 顔を上げた。

 

 そして、まただ。

 

 今でも向こう側に、一人立っている。

 

 当てもなく彷徨さまよう男。

 

 その男性と目が合った。

 

 三十代くらいだろうか。スーツ姿でネクタイを締めたその人物は、頭から血を流していた。

 

 九十九は、すぐにその男性がこの近くの交差点で交通事故に遭って亡くなっただとわかった。

 

 深夜遅くまで残業した帰りに、居眠りをしていたトラックの運転手がセンターラインを割り、彼の乗用車と正面から衝突した。

 

 男性と目が合った瞬間だった。

 

 その事故時のフラッシュバックが、彼の中で幾度となく繰り返されているのがわかった。

 

、はっきり認識できるものを』


 ふと由良の言葉を思い出し、彼は思わず目をしばたたかせた。

 

 そして、

 

 髪の長い女性が、すーっと人ごみの中をすり抜けていく。

 

 思わず目を見開いた。

 

 それは、見覚えのある人物だった。

 

「そ……そんな……嘘だろ……」


 途端に彼は、胸を締め付けられるような感覚に襲われた。

 

 と目があった。

 

 二人は見つめ合った。

  

 その顔は、だ。

 忘れるはずがない。

 

 小さいが面長の顔。

 いつもと違い、無造作にばらけた髪。

 夢遊病者のように青白くなった表情。

 

 相棒だったの顔を見て、九十九はもう完全にそこから動けなくなった。

 

「……嘘だ……」


 女性は、九十九をうらやむかのような目つきで、ずっとそこに立っていた。

 

 離れていたが、一瞬、彼女の目が大きく見開いたように見えた。

 そして、ゆっくりとこちらに背を向けて、また人ごみの中を歩いていった。

 

 彼は気づいた。

 

 明らかに群集は、

 

 それを見て、彼はすぐに我に返った。

 

 生きてる……


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