第69話――儀式


 九十九つくも高倉たかくらの二人は連絡を受け、岡彩乃おかあやのの部屋に辿り着いた。

 もう先に捜査線が張られていて、現場検証が始まっていた。

 

「……は、うっ……」


 高倉は、でまた思わず口を押さえた。

 

「いい加減慣れろ」


 九十九が呆れるようにつぶやいたが、


「ええ。うっ……」


 高倉は尚も口に手を当てたままだった。


 寝室に足を踏み入れた途端、二人は唖然として口を開けてしまった。


「なんだ……これは……」


 壁だけでなく天井、床、そして、布団にまでも。

 部屋全体を敷きつめるようにが張られてあった。

 

『断断断断断断断断断断断――』


 縦に同じ漢字がひたすら連なっている。

 

「……彼女は……一体、何を恐れていたんですか……」


 ただただ圧倒され、高倉は目を見開いたままだ。

 九十九はベッドに横たわった岡彩乃おかあやのと見られる遺体を見下ろした。


 見る限り、本人とは判別がつかない老婆ろうばだ。

 西野裕子にしのゆうこ山下正美やましたまさみの時と全く同じように。

 

 一つ違う点は、だった。

 

 九十九の視線が、部屋の一番奥で止まった。

 お札が敷き詰められていて、よく見ないとわからなかったが、白いレースカーテンが床まで垂れ下がっているようだった。


 その手前に、神棚があった。

 台の様なものはなく、床にそのままじか置きにされている。

 

 山下正美の時もそうだった。

 カーテンレールの上に、無造作に据え置かれていた。

 明らかに、にわかに設置されたものだと九十九は即座に感じ取った。


 神棚の中には、『天照大神』と書かれたお札が置いてあった。

 ふと山下正美の部屋の光景とダブり、その前にを目で追った。

 

 石はなかった。


 しかし別の物があり、九十九はそれを手に取った。

 例の磐座いわくらツアーの集合写真だ。

 九十九は内ポケットから老眼鏡を取り出してかけて、写真に顔を近づけた。


 最前列の中央に、一際目立つ蛍光オレンジのジャンパーを着てバックパックを背負った半田義就はんだよしなりと思える男性が屈んだ状態で写っている。

 

 もう一度、その集合写真に写った人物の顔を注意深く見た。


「……!」


 半田の左隣で紺のキャップを被り白のTシャツを着てその下から黒の長袖を通し、ステッキを両手で束ね、ひざの上に置いているおからしき女性に気づいた。

 昨日ここで見たのとは明るい笑顔だ。


「……この服って」


 その声で振り返ると、高倉がを手に取っていた。

 九十九は天井と壁を眺め、神棚の方を向いて呟いた。

 

「……何の儀式だ?」


 壁を埋め尽くす『断断断断断……』と延々に連なるお札にライトを照らし、それをゆっくりと横にスライドさせた。

 エアコンの近くまで行くと、一か所だけが見つかった。

 

 九十九はその空白に手を当て、下を向いた。


 真下に、が一枚落ちていた。

 そのお札を拾いながら彼は言った。

 

「……ただ、したようだ」


 部屋の入口近くに本棚が見え、その一番上にスマホが置かれていた。

 手袋をつけたまま九十九はそれを手に取った。 

 パワーボタンを押すと、待ち受け画面になった。

 思わず目を見開いた。


「これ……」


 突然、九十九の携帯が鳴った。

 スーツの内ポケットから自身のスマホを取り出した。

 見ると、の番号からだった。

 

「……もしもし?」


『……どうしてもお伝えしたいことがあって』


 抑揚のない由良ゆらの声が、向こうから聞こえてきた。

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