第66話――暴行の相手

 

 刑事達の車は、岡彩乃おかあやののアパート前に止まった。

 

 高倉たかくらは、ちらっと後部座席に目を向けた。

 由良ゆらが座っていた。

 彼女は白川しらかわ部長の言葉を思い出していた。

 

『暴走しないよう、あいつを見張っておけ』


 確かに今回の欠勤といい、由良とのといい、九十九つくもに危うさを感じざるを得ない。

 

 高倉はさりげなく九十九の表情を観察しながら、シートベルトを外した。

 九十九はドアを開け、二人はそれに続いた。

 

 おかの部屋の近くまで来て、ふと振り返ると、由良ゆらが額を押さえてつらそうにしているのが目に入った。

 

「おい……。どうした? 大丈夫か?」


 九十九が気遣うと、

 

「いえ……目眩めまいがして。少しそこで」


 由良は傍にあったアパートの階段に腰をかけた。

 高倉も心配し介抱しようとしたが、由良が手の平をこちらに向けて制止した。


「お構いなく」


 そう言われ、気掛かりながらも、そのまま九十九についていった。

 

 九十九が、一〇四号室のドアをノックした。

 

「はい」


 すぐに返事が返ってきて、ドアが開いた。

 

 玄関には、髪を後ろに無造作に束ねたグレーの上下スウェット姿の若い女性が立っていた。

 顔は丸顔で幼く見えたが、青白く、どこか具合が悪そうだった。

 

「警視庁の九十九つくもといいます。岡彩乃おかあやのさんですか?」


 手帳を見せて尋ねると、

 

「はい……そうですが」


 彼女の声はかすれ気味だった。

 

「退院早々すいません。山下正美やましたまさみさんが亡くなられたことはご存知ですか?」


「……ええ」


 彩乃はうつむきながら答えた。

 

「彼女とはアルバイト先でお知り合いに?」

 

 少しうつろで眠たそうな目をこちらに向けて彩乃は言った。


「……はい。旅行が好きで、そういう話題で仲良くなって」


「最近では、半田義就はんだよしなりさんのイワクラツアーにも一緒に行かれたみたいですが」


 彩乃は少し驚いたような表情を見せると、また視線を落として言った。


「ええ、山下さんから誘いを受けて」


 その反応を観察しながらも、九十九はストレートな質問を投げかけた。


仏獄ぶつごくには行かれたんですか?」


 吃驚びっくりするように、彩乃は顔を上げた。

 目を大きく開けたまま刑事二人を交互に見つめ返すと、眉間にしわを寄せ、下を向いた。

 

「……岡さん? 大丈夫ですか?」


 九十九が呼びかけた。

 

「え……ええ」


 彩乃はまばたきをすると、軽く溜息をついて気を持ち直すように口を開いた。


「……確かに行きました。私は止めたんですが、西野にしのさんが噂を聞いてで。私と山下さん達を誘ったんです」


 九十九は質問を続けた。

 

「五十七年前に、事件があった事を知っておられたんですね?」


 上目遣いで彩乃は相槌あいづちを打った。


「……ええ、そうです。ちょっとした肝試きもだめし感覚で……でも、途中で気味が悪くなって、そのまま引き返してきたんです」


 話の続きを待った。

 長いがあったので九十九は思わず問い返した。

 

「……それで?」


「それで終わりです」


「……終わり?」


 少しまじろぐと、九十九は再度確認するように言った。


「何か……を見たとか?」


 彼女は視線を落としたままだ。


「いえ、何も」


 諦めきれない様に、九十九は別の問いを投げかけた。


「何か変わったものは? があったとか?」


 後方にいた高倉が少し心配そうな表情で九十九の背中を見た。

 

「……広場? ……一体、何の話です?」


 彩乃が眉をひそめながら、顔を上げて逆に問い返してきた。

 

「なぜ、山下やましたさんは、あなたに暴行を?」


 背後にいた高倉が強引に話題を変えるように、少し明るめの口調で問い掛けた。

 九十九が一瞬だけ振り返り、高倉と目を合わしたが、またすぐに前に向き直った。


「……あ」


 突然、彩乃あやのは、蟀谷こめかみの辺りを押さえ始めた。

 

「……岡さん?」

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