第62話――交渉


「駄目です」


 その二十代くらいの若い男性刑事は、遺体安置所の前で高倉たかくらさえぎった。

 彼女は苛立いらだちを抑え切れないように声を荒らげた。


「だから……! 私は、世田谷署せたがやしょの者で、の件で聞きたいことがあって――」


 廊下で彼女の声が響き渡ると、安置所のドアが開き、中から三十代半ばくらいの男性刑事が顔を出した。

 スポーツ刈りを少し伸ばしたような髪型をしている。


「……どうした? 騒がしいな」


 若い刑事がそちらを向くと、


「あ……世田谷署の刑事さんだと、こちらの方が」


 そう言った途端に、高倉が先走るように、


村上加絵むらかみかえさんの事で、二三伺いたいことがありまして……!」


 前に足を踏み出そうとし、また遮られた。

 壮年のその刑事は眉をひそめ、マジマジと高倉の出で立ちを眺めはじめた。

 その目つきは、明白あからさまだ。


「……刑事? こんな若い子が? 何の冗談だ?」


 それを聞いた若い男性刑事は苦笑いをしている。

 彼の揶揄やゆに鋭く高倉が反応し、目を見開いた。


「……! 本当です!」


 慌てて手に持っていた手帳をその刑事に向けて差し出した。

 しかめ面のまま、探るような目つきでそれをひったくると、壮年の刑事は中を広げて名を読み上げた。


「……高倉真矢たかくらまや巡査……」


 眉間にしわを寄せながら、中身と本人とを何度も見つめ返す。

 面倒臭そうに手帳を返すと、彼は険しい顔つきのまま問いかけた。


「……で……何を聞きたい?」


「遺体の様子を教えていただきたくて」


 すると、刑事は鼻で笑うように息を漏らした。

 その素振りに、また高倉が大きく目を見開いた。


「まだ、これから検屍けんしだ。詳しい事はには教えられない。お引き取りを」


 彼がそう言うと、若い刑事が高倉の両肩を掴み、そのまま帰らそうとした。

 あっさり拒絶された彼女は狼狽うろたえた表情を見せたが、目をしばたたかせながら、思い直したように声を上げた。


「ガイシャの所持品を!」


「……あ?」


 面倒臭そうに刑事が振り返ると、高倉は畳み掛けるように言った。

 

が、ありませんでしたか!」


 廊下に静かさが漂った。

 

 刑事は目を丸くして、若い方と目を合わせた。

 すると、呆れるように溜息をついて言った。

 

「そもそも、なんであんたの様な若いのがで来てるんだ? どうせ、まだ新米しんまいだろ? それなのに来させるなんて、そちらさんはどうかしてるぞ?」


 明白あからさまに嘲笑うと、若い方もつられて笑い声を漏らした。


「……なっ……!」


 高倉が思わず言い返そうとした。


「一人じゃないが」


 その太い声に、男性刑事二人が振り返った。

 

 思わず目を見開いた。

 

 黒いジャンパーを着た、見るからに強面こわもての男性が、そこに立っていた。

 彼は内ポケットから、手帳を取り出して見せた。


「世田谷署の九十九つくもといいます。遅れて申し訳ない。村上加絵さんの死亡の事で、少し確認したいことが」

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