第60話――導く声

 三人は山を下り、ふもとの神社まで戻って来た。

 ふと、九十九つくもは顔を上げた。

 

 本殿を挟んで自分達とは正反対の方向に、工事でよく見かけるオレンジ色のバリケードが張ってあるのが見えた。

 前を歩いていた半田はんだが立ち止まり、つぶやくように言った。

 

「あの向こうに、例の山、へ続く道が」


 九十九は彼の横顔をマジマジと見つめながら尋ね返した。

 

「さっき、『行ってない』と」


 半田は表情を変えず黙ったままだ。


「……まさか、次の発掘ツアーで登る山って……」


 九十九が眉をひそめると、半田はそれをいなすかのようにほのかな笑みを浮かべて言った。

 

の声が聞こえたんです。が。はっきりと」


 そう言うと真剣な表情で語り始めた。

 

「実は、私もこれまで何度か行こうとしました。しかし、何故か辿り着けなかった。方角は合っているはずなのに。私だけじゃない。あの山の頂上に行き着いた者は、今まで誰一人いないんです。恐らく……は」


 最後のその言葉に、二人は鋭く反応した。


「声とは……どんな?」


 言葉少ない由良ゆらが問い返した。

 しばらくを置くと、半田は彼の方を見つめ返して言った。


「『仏獄へ行け。今なら辿り着ける』と」


 九十九が我慢できない様に、語調を強めて言った。


「……それでも、事件が起こった場所に一般人を連れていくのは少し軽率かと」


 半田は責めるような九十九の口調に動じずに涼しげな表情で答えた。


「ブログで書いたのは、です」


「……表向き?」


「せっかくのを事後報告では愛想がないでしょう。既に行くメンバーは決まっています。で」


 三人の間で沈黙が流れ、小鳥のさえずる声が聞こえてきた。

 疑いや戸惑いが一切ない半田の表情を見て、九十九は言葉を返せないままだ。

 由良も神妙な顔つきで黙っている。

 

 ふと九十九は視界の端で何かうごめいているものに気づき、ハッと前に向き直った。


 思わず目を丸くした。

 

 バリケードの前に、が立っていた。

 

 突然、目を細めた彼を見て、

 

「……どうしたんですか?」


 半田もそちらを向いた。

 

「……!」


 九十九は目を見開いた。


 だった。

 

 咄嗟に彼は走り出した。

 急いで本殿の前を横切る九十九の背中を見て、

 

「え! ……? ちょ、刑事さん?」


 慌てて半田が後を追った。

 

 は、立ったままそこから動かない。

 じっとこちらを見つめたままだ。

 

 九十九がバリケード手前まで近づいた、その時だった。


 子供は、近くにあった背の高い草叢くさむらに身を隠した。


「……!」

 

 九十九は慌ててその草を掻き分けた。


 何も見当たらない。

 

 辺りを見回し、まるで何かにりつかれたようにバリケードに手をかけ、その向こうを覗いた。


 誰もいなかった。

 地面には葉や枝が積もり、よく見ないとわからないが、うっすらと道ができていた。

  

「……どうされたんです!?」


 追いついた半田が後ろから呼びかけた。

 

ですね」


 その声で振り返ると、無表情の由良ゆらが、いつの間にか背後に立っていた。

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