第58話――地上の竜宮城


「……地上の、竜宮城……」


 その円錐えんすい状の山をじっと見据えながら、九十九つくもつぶやいた。

 半田はんだは言った。

 

「亡くなった人達は、みんな死ぬ前に同じ事を口走ったそうなんです。『辿……』と」


 九十九の頭の中に、ふと、ある光景が思い浮かんだ。

 だ。


 死ぬ間際に、彼女の唇が微かに動いていた。

 彼女が言おうとしていたことは……まさか……。

 

「亡くなった二人は、あそこに行ったんですね」


 前に一歩だけ足を踏み出した由良ゆらが落ち着いた口調で言った。

 その言葉に半田が驚いた表情を見せた。

 

「え……? まさか、変死って……!」


 咄嗟に九十九の方を向いた。

 彼は何も答えずに、ただこちらを見つめ返しているだけだ。

 半田は慌てた様子で、

 

「……いや、私のツアーでは、まだ行ってません! 地元民に止められていましたから!」


 関わりを一切否定するように声を上げて反論した。

 

「噂を聞きつけて、自分達だけで行った可能性も」


 九十九がそう言うと、半田の表情がさらに強張った。

 由良は積み重なった巨大な磐座いわくらの前に立ち止まり、目を閉じた。

 

「……何をする気だ?」


 九十九が彼の背後から尋ねた。

 由良は目を瞑ったまま静かに答えた。

 

「あそこに何かあることは間違いありません。それが何かを……」


 意識を集中させ、深呼吸した。

 最初は暗闇だけしか見えなかった。


 が、うっすらと周りの光景が浮かび上がってきた――


 

 光は差しておらず、薄暗い。

 

 由良は森の中を歩いていた。


 ふと気配がして、咄嗟に木陰に隠れた。

 

 人が歩いてきた。

 

 十人……いや二十人――それ以上か。


 全員が同じ方角に向かっている。


 由良は気づかれないように、木々の中に身を隠しながら、その後をついて行った。

 

 一行は、ある広場に着いた。

 

 由良は、ふと気づいた。

 

 以前、山下正美やましたまさみの部屋で霊視した、だ。

 ただ、その時と違うのは草が所々生い茂っている。

 

 髪は背中ぐらいまで伸びているが、ほとんどが男性のように見えた。

 上下白い着物を着ていて、足には草鞋わらじのような履物を履いている。

 

 いつの時代だろうか……。その出で立ちからは判明しづらい。

 

 一同は、一斉にそこに胡坐あぐらをかいて坐した。

 そして、揃って頭を下げた。

 に、何かが見えた。

 

 由良は思った。

 

 だ。

 

 一人だけ前に出て、祈りを捧げている人物がいた。

 

 こちらも髪は背中まで長く結わずにいたが、がっちりとした体格と声から男性だとわかった。


 祝詞のりとだろうか。

 聞いたことのない言葉だ。

 

 ふと、その人物は祈りをやめた。

 

 突然だった。

 

 目の前が停電のように真っ暗になった。

 全く何も見えなくなった。

 

 沈黙がしばらく続いた、その後だった。

 

 何かが目に飛び込んできた。

 

 だった。

 

 それは、由良ゆらむねうえに、そっとかれた。

 

あぶない』

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