第53話――変化


「おい。高倉たかくら九十九つくもはどうした?」 

   

 白川しらかわ部長は、部屋から出ていこうとする高倉を呼び止めた。

 恐る恐る部長の方を振り返って、彼女は言った。

 

「あ……言うのが遅れてすいません。……さっき連絡があって……今日は体調悪いみたいで欠勤すると……」


「……! 何だと! 俺には何の報告もなしか?」


 部長は険しい表情で声を荒げた。

 

「す、すいません!」


 思わず頭を深々と下げながら彼女は謝った。

 

「……高倉。ちょっと」


 部長が声を落として、手招きをした。

 高倉は表情を強張らせながら部長のデスクへと向かい、その前で立ち止まった。

 老眼鏡を外し、ゆっくりと両手を組むと部長は言った。

 

「……正直に聞く。をどう思う?」


 部長は探るような上目遣いで問いかけてきた。

 

「……いえ、特に」


 どう返していいかわからず、彼女は口を噤んだ。

 

「……松村まつむらがいなくなってから、何か様子が変だぞ。まぁ、……三年間組んでいた相棒に裏切られたんだから無理もないが」


 溜息をつくと、部長は眉をひそめ始めた。

 

「それに、あの……由良ゆらとかいう霊能力者か、霊媒師か知らんが……」


「探偵です」


 高倉が要約するように言い添えると、

 

「どっちでもいい!」


 部長が怒鳴り声を上げると、思わず高倉は両肩をすくめた。


「署内で噂になってるぞ。あのを連れ回してるんだってな……?」


 高倉の表情が引きった。咄嗟に、


「……ああ! ええ、まぁ、その……単なる情報屋として」


 苦しい言い訳を繰り出すと、部長はまた大きな溜息をついた。


「……九十九あいつとは同じマル暴からの付き合いだ。だから、よく知ってる。占いや霊感商法、そういうのを一番嫌っていた男だ。それが何を血迷ったのか。


 部内で微妙な空気が流れた。

 周りにいた刑事達も、手を止めてチラチラとこちらの話を伺っている。

 部長は前のめりに顔を近づけると、少し声を潜めて言った。


「あいつが暴走しないよう、お前が見張っておけ。警察の情報を漏らすようなことがあれば、すぐに俺に報告するんだ? わかったな?」


 高倉は直立不動のまま、

 

「……はい! わかりました!」


 慌てて声を張り上げたせいか、咄嗟に唾が飛び散り、部長が思わず仰け反った。

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