第52話――半田義就


九十九つくもさん! 半田義就はんだよしなりのブログが更新されました!」


 高倉たかくらを読み上げた。

 

「『みなさんご無沙汰してます! いよいよ次の磐座いわくらツアーの締切が迫ってまいりました! 真のヒミコの墓が明らかになるこの歴史的瞬間を絶対にお見逃しなく!』」


 読み終えると、彼女は九十九つくもの方を振り返った。

 彼は険しい顔つきで、溜息を漏らしながら呟いた。


「どこに隠れてやがった……」



「とても残念です」

 

 半田義就はんだよしなりは刑事二人に向かって、しみじみとした様子で言葉を発した。


 九十九と高倉は冷ややかな表情で彼の顔を見つめた。

 

 見た目は三十代後半ぐらいのどちらかと言うと丸顔ではあるが、ほほは引き締まり、清潔感のある黒髪が整っている。

 

 体つきはすらっとしたモデル体型で、背は百八十センチメートルほどで高く、優しいピンク色のジャケットを羽織り、その下に薄黄色のワイシャツを第二ボタンまで開けて、カジュアルさを演出している。

 いかにもテレビ受けしそうな容姿の男性だ。

 

 九十九が探るように切り出した。

 

「今回、あなたのツアーに参加されてる女性二人が変死を遂げています。今までどちらに? ずっと探していたんですが」


「変死……とは?」


 半田はいぶかしげに眉をひそめて、逆に聞き返してきた。

 その反応をつぶさに観察するようにを置くと、九十九はあらためて口を開いた。

 

「容易には説明できません。とだけ言っておきましょう」


 、説明に行き詰まることは必至だと悟り、咄嗟に誤魔化ごまかした。

 

「お言葉ですが、ツアーに参加された方全てが亡くなったわけではありませんよ。それだけで関連付けるのは、ちょっと。ただ、やはり亡くなった方々に対しての慰霊いれいの意味をこめて、ここ数週間はブログの更新などは控えさせてもらいました」


 半田が淀みない口調でそう言うと、

 

「……慰霊?」


 高倉が皮肉を交えた様子で問い返した。

 九十九が彼女の方をちらっと見ると、表情を変えずに半田の方に向き直って言った。

 

「事務所にも顔を出さなかったのは、どのような理由で?」


 半田は刑事の追及におくする事なく、少し口元に笑みを浮かべながら語り始めた。

 

「次の発掘ツアーのことで忙しくて。当初計画の予定が、地元民の反対で頓挫とんざしかけていたんです。事務所にも嫌がらせの電話や手紙が多数あって」


 九十九は無表情のまま、半田の顔をじっと見据えている。

 明らかに威嚇いかくの意図が込められてはいたが、半田はそれを全く意に介さない様子で笑みを交えて見つめ返した。

 九十九は追及を続けた。


「警察に相談は?」


 すると、半田は溜息交じりに首を横に振りながら落ち着いた口調で言い放った。


「あまり事を荒立てたくなかったので。弁護士を交えていろいろと交渉しているところだったんです」


「ツアーは再開されると聞いたんですが」


「ええ。地元の名士で、のお力添えで何とかやっと反対派と交渉することができました」


 半田が安堵した表情で言うと、九十九がその言葉に反応したように少しだけ目を開いた。

 

「……地元の名士とは?」


「町議会議長の三船洋二みふねようじさんです。最近私がテレビとか出るようになってから、いろいろと目をかけてくださって。それでようやく発掘の許可をいただいたんです。業者と提携してそのツアーの敢行かんこうを」


 三船洋二……。

 その響きには、聞き憶えがある。

 確か――

  

 その場で考え込みそうになった自分に気づいたように、九十九は内ポケットから写真を取りだした。


「あなたのツアーの写真です。に見覚えはありますか?」


 写真に写った女性を指差して問いかけると、半田は顔を少し寄せてきた。

 目を細めるとすぐに反応した。

 

「ああ、村上さん。村上加絵むらかみかえさん。うちの講演会やツアーの常連の方です。ただ、急に連絡がとれなくなって」


 続けて九十九は、村上の隣りで写っている亡くなった山下正美やましたまさみの方を指差した。

 

「彼女と村上さんとの関係を、ご存知で?」


 半田は淀みなく相槌あいづちを打ちながら答えた。


「ええ。二人とも長野出身の同じ高校で、探究部たんきゅうぶの先輩後輩の関係とかで」


「……探求部?」


 高倉が割って入るように問いかけると、半田は即座に対応した。


「まぁ、とかそういうのを目的とした部だったようで。一見文化系のようで、実は山を登ったりとか結構アクティブだったみたいですよ。男子と混合だったようで」


「……二人の仲はどうでした?」


 九十九が本題に戻すように、あらためて問いかけた。


「とても仲良かったですよ。確か、山下さんが先輩でした。見た目では村上さんの方が大人っぽいから逆に見えますが。まだ村上さんが上京したての頃、自分の部屋が見つかるまでは山下さんの部屋で同居してたと。でも……」


「でも?」


 突然、口ごもった半田に、九十九は探りの目を向けた。

 半田は視線を落としながら話を続けた。


「一カ月前の講演会の後、いつも懇親会をやるんですが……。後輩の村上さんが来ていないせいだったのか、山下さん元気ないというか、顔色も悪くて……まさか……こんなことになるとは」


が聞こえると聞いたのですが」


 刑事達の後ろでずっと黙っていた由良ゆらが、突然、口を開いた。

 思わず九十九と高倉が振り返った。

 半田も少し吃驚びっくりするように顔を上げて、由良と目を合わせた。


 刑事二人がまた自分の方に向き直ると、元准教授は不意打ちを食らった様に目をしばたたかせた。

 あらためて由良と目線を合わせながら、半田は言った。


「ああ……ええ、確かに


 半田はマスコミの前に出る時は、『声』の事は伏せていた。

 表向きには歴史的事実を羅列られつし、もっともらしい建前上の説明をした後に、『何かかが埋まっている』と結論付けていたのだ。

 

 すぐに半田は悟ったように溜息をつきながら笑みを浮かべた。


「……石原いしはら教授からお聞きになったんですね?」


 刑事の九十九が返事をしようとすると、またその背後から、

 

「女性の声ですか?」


 由良が抑揚のない質問を投げかけた。

 思わず前にいた九十九が顔をしかめた。

 

 少し珍しいものを見たかのように目を丸くした後、半田は観念したように表情を緩めた。

 

「……ええ。女性の声もあれば、男性も。ただ声ではなくて、直感に訴えてくる時も。山に行くと


 あらためて口元に笑みを浮かべて、由良の方を見つめ返した。

 

「この集合写真は、前回の御子島みこしまのツアーで?」


 脱線した話の軌道を強引に修正するかのように、九十九がプリントアウトされた全体写真を半田に見せた。

 半田はその写真に目を移すと、即座に答えた。

 

「ええ。あそこにヒミコの墓がある。それは間違いない。でも、あの島はそれ以外でもすごく見応えがあります。この写真の磐座いわくらみたいに。すごくないですか? これ」


 刑事を前にしながらも、積み上げられた岩々を指差しながら素直に感動するように言った。

 

 次の瞬間だった。

 

 九十九の目の前が一変した。

 

「……!」

 

 高倉刑事が倒れていた、あの広場での光景だ。


 それらのいくつかの場面が、突然シャッフルされたように入り乱れた。

 

 九十九はハッと気づき、頭を上げた。

 

 がそびえていた。


「……どうかされましたか?」


 怪訝けげんな表情で、半田が問い掛けた。

 

「あ……いえ……失礼」


 九十九は我に返り、目を瞬かせた。

 手に持っていた写真をジッと見つめ返す。

 すると、それをもう一度半田に見せると、彼は言った。

 

「……この集合写真が撮られた場所は?」

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