第49話――SOS


 少しがあった後に、電話口の向こうの村上加絵むらかみかえは口を開いた。

 

『警察には言えなくて……喋ったら、真っ先に疑われる』


「あんなこと……?」


 由良ゆらいぶかしげに問い返した。


『……あなたなら分かってもらえると思って……。助けてください…………』


 急に話を止めた加絵に対し、由良は食い気味に問いかけた。


「……もしもし、村上さん? 殺されるって……一体、誰に?」


 相当、動揺しているのか。

 受話器の向こうから、彼女の激しい息遣いの音が聞こえてくる。


『……電話だけでは……』

 

 声からして明らかに涙ぐんでいるのがわかった。

 由良は思わず周囲を見回した。

 誰も聞いていないことをあらためて確認すると、声を潜めて問い掛けた。

 

「今、どちらに?」――――



 高倉たかくら刑事が面倒臭そうな顔つきで、女学生二人がはしゃいで歩いていく後ろ姿を眺めながら、ボソッと呟いた。


「……学校に何しに来てるんですかね。ああいう浮ついた感じ、嫌いなんです」


「はぁ? 普通の女学生って感じだろ」


 九十九つくもが半笑いで、高倉の方を向いた。

 その返答に彼女が敏感に反応した。

 

「……な……何ですか……? まるで私が普通でないみたいな言い方じゃないですか?」


 その会話を遮るように、由良がトイレから慌てて出てきた。

 

「九十九さん! すいません! 急に依頼が入って今日は協力できなくなりました!」


 早口にその旨を伝え、そそくさと二人の元を去るように階段を駆け下りて行った。

 

「お……おい! ちょっ……どうしたんだ!」


 由良は九十九の制止を無視し、大学のキャンパスから飛び出して、足早に正門まで辿り着くと、手を上げた。


 タクシーが目の前に止まり、ドアが開いた。

 由良は再び携帯を耳に当てた。

 

「村上さん! 今どの辺りですか? ……! 運転手さん! 府中駅近くの第四プラザホテルまで!」


 そう言って電話を切った。


 ふと、前に向き直った。

 タクシーがまだ発進しないことに気づき、

 

「運転手さん! 早く!」


 思わず声を荒げた。

 

「え……いや……」


 運転手が狼狽うろたえながら、こちらを向いた。

 その視線を追い、左横を向いた。

 

 ドアは開いたままだった。

 その向こうに、黒スーツの前ボタンを全開にした上半身が見えた。

 

 九十九つくもがドアに手を当てたまま、頭を下げ、上目遣いで、こちらをのぞき込んだ。

 

「タクシーで府中は勿体ないだろ」

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