第48話――ま
ように見えた。
実際は、もっとタチが悪かった。
ある魔が、彼女をまるでエサにするかのように
ごくたまにフィクションや神話などで見かけるような名前だが、実際の本当の呼び名はわからない。
村上加絵の
が、その魔はそれを恨むように、今度は由良に憑りつこうとした。
あまりにあっけなく
通常、「祓い」を行う際は、ある程度の作法などを通過儀礼とするのだが、当時の
それらの儀式を省略することが多くなっていた。
赤いリボンをきちんと処理せずに、ユニットバストイレのタンクの上に置きっぱなしにしていたのだ。
翌日からだった。
地獄の日々が始まったのは。
彼は、いつも左手首につけていた
用を足し終え、手を洗った。
すると、突然、頭の中で
『もう一回。これで終わり』
その声が聞こえた。
再び彼は手を洗い終え、蛇口を閉めた。
そして、ユニットバスを出ようとした。
『もう一回。これで終わり』
後ろ髪を引っ張られるように、由良は振り返り、今度は、さっきよりも力を込めて蛇口を閉めた。
「よし」
そう言って、彼はまた洗面台に背を向けた。
すると――
『もう一回。これで終わり』
一カ月だった。
そのボサボサの天然パーマにはおよそ不似合いな赤いリボンを頭につけた彼は、ユニットバスの狭いスペースの中で、蛇口を閉めて、また去ろうとしては、呼び止められ、出しては、閉めてを、延々と繰り返していた。
三十日もの間、ずっと。
幸い水だけは、目の前にあった。
しかし、そこから出られないため、食べ物は何も口にしてはいなかった。
発狂寸前だった。
いや、もうすでにその域を、とうに越えていたとも言えなくもない。
自分の部屋だ。
キッチンとリビングは目と鼻の先にある。
しかし、出ることができない。
(助けてくれ)
と叫ぼうとしても、それを
眠気が襲っても、その声は続いた。
声より眠気が勝る時のみ、数時間ほどは眠ることはできた。
目を開けて、アイボリー色のユニットバスが目に飛び込んでくる度に、彼は絶望の朝を迎えた。
鏡を見ると、
。
三十一日目の朝だった。
頭の中の声に邪魔されながらも、一カ月かけてようやく、使い切ったトイレットペーパーの芯で、悪魔除けの輪を完成させた。
体重は三十キロ台にまでに激減していた。
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