第47話――甦る記憶


由良ゆら君!」


 早紀さきは玄関から飛び出して、家の門をくぐろうとしていた由良の背後から声をかけた。


 彼は振り返った。

 その顔は相変わらずの無表情だった。


「ありがとう。あの、本当に……ごめんなさい……」


 深々と頭を下げた早紀を見ると、

 

「……何が?」


 何のことか全くわからない様子で、由良は問い返した。

 早紀は目を伏せながら、勇気を振り絞るように言った。

 

「見て見ぬフリをしてた……中学の頃……」


 由良が少し驚いたように目を開いた。


「……ああ……」

 

 頭を巡らせて、少しなつかしむような素振りをすると、


「……まぁ、思春期にはよくありがちなことですよ。別に、谷口さんは


 悪意のないことはすぐにわかった。

 しかし、その最後の語尾が余計に早紀の胸に突き刺さった。

 早紀はさらに言った。


「それにまだお礼を言ってなかった」


「……お礼?」


 由良は思わず眉をひそめた。

 全く身に覚えのない様子だ。

 

 早紀は唾を呑み込んで言った。

 

「……不良に絡まれた時に……」


 由良は必死に頭を巡らせた。

 

「……! ああ……!」


 突然思い出したように、由良が思わず声を高くした。

 

 中学一年生の夏、早紀さきは学年が上の不良女子から絡まれたことがあった。

 当時アイドルのような可愛らしい容姿だった彼女に、不良男子達が群がるように告白していたのを見て、ヤキを入れようとしたのだ。

 

 下駄箱で集団に行く手をふさがれた早紀は、いきなり乱暴に髪の毛を引っ張られた。

 たまたまそこを通りがかった由良少年が、あいだに割って入って止めようとしたのだ。

 

 由良の脳裏に、思い出したくない過去が甦ってきた―――

 


「……何? こいつ?」


 ロングスカート、ミニスカート。

 金髪や茶髪。

 その全員が背丈の低い由良ゆらを見た途端、乾いた笑い声を一斉に上げた。

 

 中でも一際目立つソバージュパーマをかけたロングスカートのその不良女子が、わざとらしく腰を曲げて、小柄な由良をまじまじと見つめ返した。

 

「はぁ、なるほどね……」


 早紀から手を離したかと思うと、次の瞬間、由良の髪の毛をむしり掴んだ。

 

「僕も、この子のことがちゅきなんだぁ?」


 まるで子供に語りかけるような口調で、由良の顔を早紀の方に強引に向けた。


「……!」


「じゃあ、言っちゃえよ! 坊や! 今ここで!」


 突然、ガラの悪い口調で叫び声を上げると、由良の頭を簀子すのこに押しつけた。


「好きです! 愛してます! って! うらぁ! どうした――」



 由良はその光景を、思い出した。

 思わず目を閉じて眉間にしわを寄せ、重そうに口を開いた。

 

「……あの……正直……」


「……え?」


 早紀は不意打ちを食らったように、その言葉の先を待った。


「正直に言います……あれは……」


「……あれは……?」


 早紀は、また唾を呑み込んだ。

 目を開けると、彼は言った。


「人生ベスト5に入るくらいのトラウマです」


 そう言うと、バツが悪そうに由良は背を向けて、家の門をくぐって行った。

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