第40話――太陽の子


 九十九つくも高倉たかくら、そして由良ゆらの三人は階段状になった大講義室の一番後ろで、その授業内容を聞いていた。


 教壇きょうだんには、面長で白髪交じりの男性が教鞭きょうべんをふるっている。

 眼鏡をかけて茶色のジャケットを羽織り、その下にグレーのタートルネックを着たその教授は言った。

 

邪馬台国やまたいこく卑弥呼ひみことは――。そもそも、『魏志倭人伝ぎしわじんでん』にしか書かれていない。資料はそれだけ。そして、それを元に、その国は存在していたのかという不毛にも近い議論がなされている。九州にあったのか、はたまた畿内か?」


 男性はホワイトボードに文字を書いた。

 その大きい漢字四文字を、一つずつ差しながら言った。

 

「『』」


 マジックを手放すと、教壇に両手をついて彼は前を向いた。


「隣の国をさげすむことによって、自分達の国を持ち上げようという意図が垣間見える」


 一呼吸置くと、教室を見渡した。

 

「だから、これはあくまで当時の呼称。中国からみたヒミコの呼び方。じゃあ、本当は?」


 生徒全員に問いかけると、が流れた。

 

「そう。誰も知らない」


 また男性はマーカーを手にし、新たな文字を書いた。

 その三文字を差しながら強調するように、


「『日巫子ひみこ』」


 カチャと、マジックを置く音を立てて尚も言った。


「一説ではそう呼ばれていたと。文字通りに受け取ると、


 生徒達の表情は変わらない様子だったが、集中して聞いている所を見ると、関心があることは伺えた。


「まぁ。ここからは私の推論として聞き流していい。もしかすると、これは人の名前じゃなく、という役職を表すものじゃないかと。つまり、『ヒミコ』は一人じゃなく、何代も受け継がれてきたものではないか。むろん、その中には、この『邪馬台国』のヒミコもいれば、女性だけじゃなく、もいた可能性だって否定できない」


 ちょうど、そのタイミングでチャイムが鳴った。

 

「……ということで、続きは次回に」


 緊張が解けたように、室内がざわつき始めた。

 講義が終わり、学生たちがぞろぞろと雑談しながら教室を出て行く中を掻き分け分けるように、九十九と高倉、そして由良の三人は教壇の前のホワイトボードに書かれた文字を消している教員の元へ歩いて行った。

 

石原いしはら教授」


 九十九がその名を呼ぶと、男性が振り返った。

 近くで見ると、身長は百七十センチメートルぐらいのやや細身な男性だった。

 

「警視庁刑事課の九十九つくもといいます。はじめまして。なかなか興味深い講義ですね。少し半田はんだ元准教授のことでお話を」


 控え目にかざされた警察手帳と九十九の顔を交互に見つめながら、教授は少し当惑した表情を見せた。

  

「……刑事けいじさん……?」

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