第39話――後ろ姿


「きっとあの部屋にヒントがある」


 運転しながら、九十九つくもつぶやいた。

 助手席に座っていた高倉たかくらが、戸惑った様子で口を開いた。


「あの……九十九さん……」


「何だ?」


 九十九は前を向いたまま即答した。

 高倉は後部座席をちらっと見ながら、遠慮がちに問いかけた。

 

「……を、連れて行く理由は?」


 後部座席には、居心地悪そうにグレーで地味な長袖のシャツを着た由良ゆら探偵が少しおどおどした様子で目を泳がせていた。

 九十九は尚も前を向いたまま答えた。


からだ」


「……いろいろって……?」


 彼女は九十九の横顔をマジマジと眺めた。

 すると車に乗ってから初めて、九十九は高倉の方を向いて言った。


「最初に言っておく。絶対に


 訳が分からず、彼女は思わず眉をひそめた。


「……石?」




「夜分遅くにすいません……」


 九十九が恐縮しながら言うと、


「……また何か探されるんですか?」


 大家おおやの男性は少し面倒くさそうに返した。

 

「少し前にも、が来られて部屋の片づけにと」


 その言葉に九十九が鋭く反応した。


「……お姉さん?」


「ええ。確かに間違いありません」


 亡くなった山下正美やましたまさみの部屋の前で立ち止まると、大家は鍵を差し込んだ。

 

「……それはいつの話です?」


 九十九が問い詰めるように聞くと、大家は手を止めて必死に思い出すように頭を巡らせた。

 

「ええっ……確か……捜索に来られた、ちょうどその後くらいでした」


「……! 鍵を開けられたんですか?」


 思わず責め立てるような口調で声を高くした。


「いいえ。合い鍵を持っておられたので。挨拶だけして」


 九十九と高倉が互いに目を合わせた。

 

「まさか……」


 ドアが開けると、急いで中に入り、寝室に駆け込んだ。

 明かりのスイッチを押した。


 室内が照らし出され、その光景に一同が目を見開いた。


 以前と違い、部屋が荒らされていた。

 机の引き出しが全開にされ、ファイルがあちらこちらに散乱していた。

 九十九は咄嗟に、神棚の方を向いた。


「……!」


 石が消えていた。

 

 慌てて九十九は屈みながら、部屋の中を探り始めた。

 

「……ない!」


 彼の態度の急変に、まだ高倉はついていけていない。


「……ないって? 何が?」


 紙などが散乱した床に目を泳がせながら、九十九は言った。

 

「磐座ツアーのパンフレットが、ここに入ってた……。集合写真もなくなってる。確か……」


 九十九は内ポケットから携帯を取り出した。

 削除したの他にも、念のために数枚撮ってあったからだ。

 を携帯で写したそのデータを呼び起こした。

 

 大きな岩々の周りを、二十数名の人達が取り囲んでいる写真だ。

 

「……この中に、そのお姉さんという女性はいますか?」


 九十九は傍にいた大家おおやに携帯を見せながらたずねた。

 見やすいように、二本指でつまみ、ギリギリ一杯まで写真をクローズアップする。

 大家おおやは目を細めながらその画像に思い切り顔を近づけた。

 

「……あ! この人! この綺麗な人! 間違いない!」


 正美の隣で笑顔を浮かべている村上加絵むらかみかえの顔を指差して言った。


 やっと状況を把握し始めた高倉がいぶかしげな表情で口を開いた。

 

「……村上加絵は一緒に住んでたのに、どうして出て行ったんでしょうか?」


 九十九は宙を見つめながら呟いた。


「……そして、また戻ってきた。何かを取りに来たんだ……」


(村上加絵……?)


 傍で聞いていた由良が思わず眉をひそめた。

 に聞き覚えがあったからだ。


「山下正美が怪我させた相手とは、村上の事だったのか……」


 腑に落ちた様子で九十九が言うと、

 

「でも、一緒に住むぐらい仲のいい友達に、そこまでやります?」


 高倉が疑いの表情で言葉を返した。


「仲いいからこそ、急に歯車が合わなくなると……」


 九十九が反論しようとした、その時だった。


 突然、背後にいた由良ゆらが前方へ歩み出した。

 それに気づいた高倉が、思わず体をビクつかせた。

 

 由良は神棚の前に立った。

 そして、目を閉じた。

 その様子を見た高倉が怪訝けげんそうに呟いた。

 

「あ……あの……彼は……一体、何を?」


「シッ!」


 咄嗟に九十九は人差し指を立てた。

 

 由良は意識を集中させた。

 ここに、何らかの「痕跡」が残ってないかを見ようとした。

 しばらく、部屋に沈黙が流れた――


  

 気づくと、由良は木々が生い茂っている森の中にいた。

 周りは薄暗い。


 歩いて行くと、そこだけ木が生えてない広場のような場所に辿り着いた。

 

 その一番奥に、岩が見えた。


 高さは四メートルほどあるかもしれない。

 

 ふと声が聞こえ、下を向いた。

 

 白い服……?


 次の瞬間、その衣の下から湧き上がるように、何か黒いものが宙を舞った。

 

 人の髪の毛だった。


 白い着物を着た人物が、大きな岩の前にひざまずくように座っていた。

 

 何やら呪文のようなものを唱えている。

 

 髪の長さは肩ぐらいまでで、体格は背後からみると少し幅があるが、若い女性のように見えた。

 

 しかし後ろ姿からは想像もつかないほどしわがれた老婆のような声で、腹の底から文言を捻り出している。

 

 呪文が止まった。

 

 由良はそのまま様子をうかがった。

 

 突然、その人物がこちらを振り返った。

 

――……」


 その声を聞いて、彼は咄嗟に身を引いた。


 次の瞬間だった。

 

 九十九達の目の前で、神棚がまるで破裂するかのように粉々に砕け散った。

 

「ひっ……!」

 

 由良の背後にいた三人は思わず仰け反った。

 高倉と大家おおやは目を見開き、口を開けたままだ。

 

「……! 何か見えたのか?」


 九十九が食い気味に問いかけた。

 動揺した様子もなく、由良は前を向いたまま答えた。


「女性が……何か呪文のようなものを……。でも、探ろうとしたら……」


 神棚がなくなったそのカーテンレールを少し見つめた後、由良はこちらを振り返った。

 


 片方にひびが入ったその丸い銀縁眼鏡を見て、一同はさらに目をいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る