第37話―――メッセージ


 慌てて九十九つくもはドアを開けて、外に出た。

 前方を見ると、何も見えない。

 ふと人の気配がして、後ろを振り返った。


 少し離れた場所に、が立っていた。

 じっと、こちらを無表情で見つめている。


「……な……」


 思わず喉につっかえ、かすれた声を絞り上げた。


「何なんだ……! 一体!」


 彼は叫びながら子供の方に近づいて行った。

 

「何を伝えたいんだ!」


 手を伸ばそうとした次の瞬間だった。

 突如、目の前に、ある光景が現れた――



 気が付くと、九十九は広場ひろばのような所に立っていた。


 周りは木が生い茂っていて、薄暗い。

 前を向いて、思わずおののいた。

 

 目の前に、巨大な岩がそびえていた

 高さは四メートルほどだろうか。

 はっと気が付き、下を向いた。

 

 人が倒れていた。

 うつ伏せになっていて顔は見えなかったが、見た目ですぐに女性だとわかった。


「お……おい!」


 慌てて近づいて、彼女を抱き起こした。

 目をいた。

 

 高倉たかくら刑事だ。

 

「……! おい! 高倉!」


 呼び掛けると、彼女はうっすらと目を開けた。

 

「…………九十九さん? ……な、か……」


 蚊の鳴くような声で、彼女は何かをささやいた。

 

「……え……? 何だって?」 


 はっきりと聞き取れずに、九十九は耳を寄せた。

 彼女は力を振り絞るように、唇を動かした。

 

「……ここは……何か……おかしい……! ううぅっ!」


 突然、彼女は苦しみ始めた。

 見ると、全身が小刻みに震えている。

 

「……! おい! しっかりしろ! 高……!」


 見憶えのある光景に、彼は目を見開いた。


「そ……そんな……」


 目の前の彼女の顔に、しわが刻まれ始めた。


 ゆっくりと、ゆっくりと。


 まるで、皮膚の下に虫が這っているかのごとく。

 

「駄目だ駄目だ!」


 九十九は思わず彼女の両肩を掴み、激しく揺さぶりながら声を荒げた。

 

「やめろ!」


 見ると、髪の色が変わり始めている。

 

「やめてくれ!」


 彼の思いに反し、それらは瞬く間に色を失う様に白く染め上げられていった。

 

「ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ――――――」


 断末魔の叫びのごとく、甲高い異様な声を発しながら、彼女は激しく体を痙攣けいれんさせた。


 まるで、目に見えない何かに突き動かされるように。

 

 次の瞬間だった。

 

「キキキキキキィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイ――――――――――――」


 あの音だ。

 病室で聞いた、背筋が凍りつくような機械音。

 

 咄嗟に彼は両耳を塞いだ。

 

「やめろおおおぉぉぉぉぉ―――――――――――――!」


 音が鳴り止んだ。

 

「……!」


 見ると、パーキング料金が表示された看板が見え、彼はその前に立って両耳を押さえていた。


 辺りを見回した。


 エンジンをかけっぱなしの車が、パーキングエリアからまだ出されないままでいた。

 

 もう子供は消えていた。


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