第31話――新たな真相


『警視庁世田谷署刑事部勤務の松村宏治まつむらひろじさん(二十九歳)、妻の千里ちさとさん(三十歳)、長女の美琴みことさん(二歳)の三人の行方がわからなくなっており、警察は事件として捜査を進めています――』


 刑事部のテレビを見つめながら、九十九つくもは茫然とまだ状況を呑み込めないままでいた。

 

「……彼らは確かに昨日までいた。……それなのに、全て嘘みたいに消えていなくなった……」


 彼は松村まつむらのデスクの上に置いてあった写真立てを手にとっていた。

 松村と彼のつま、そして真ん中に幼いむすめが笑顔で写っている。


 一家の消息はいまだわからず、何の手がかりもつかめないでいた。


 無理もなかった。

 

 彼の自宅からは家具どころか、指紋一つ検出されなかった。

 

 まるで、最初からそこに存在していなかったかのように。

 

 かろうじて残されていたのは、彼のデスクに入っていた仕事に関する書類だけだった。机にはしっかりと指紋も残されていた。

 それらを手掛かりに、九十九と高倉は足取りを辿ろうとした。


 彼と彼の妻の実家にも捜査は及んだが、本人たちからの連絡は依然として全くなかった。

 ここ二週間の彼の銀行口座の動きを調べた。ちょうど失踪した日を境に、引出しなどの動きがピタリと止まっていた。

 

 、彼とその家族が失踪した。

 

 探偵の由良ゆらを疑い、彼の身の周りを徹底的に調べた。しかし松村との繋がりは山下正美やましたまさみの事件以外に関連性は見当たらなかった。

 


「製薬会社?」


 九十九つくもは思わず声を上げた。

 サイバー捜査部の福留香織ふくどめかおりはタイピング音を鳴らしながら答えた。

 

「ええ。松村まつむら刑事は失踪の一週間前に、デスクのパソコンで何故か、ありとあらゆる製薬会社のホームページやその会社内容を調べていました。意図的に削除された検索キーワードを復元すると、『製薬会社』というのが真っ先に出てきます」


「……意図的って」


 背後に立っていた高倉たかくら刑事が茫然と言葉を漏らした。

 九十九は険しい顔つきで首を横に振った。

 

「……ここ最近、そんな案件扱ってなかった。一体何のために? 俺に黙って、あいつは一体何を調べていたんだ?」


 すると、福留は少し鼻で溜息を漏らしながら、


「……ちょっと、これは信じられない話ですが」


と、言い掛けた言葉をつくんだ。


「……何だ……?」


 九十九がいぶかしげに問い返した。

 福留は言いづらそうに口を開いた。

 

「……これは、過去の犯罪者や違反者を検索する警視庁のデータベースなんですが、そこに松村まつむら刑事がアクセスしていたんです。失踪前に」

 

「……それが何だってんだ? 許可IDを持っているなら、俺でも入れるだろ」


 九十九が眉をひそめながら福留の頭を見つめると、彼女は突然タイピングを止め、少し困惑気味に画面を指差した。

 

「彼が検索していたキーワードです」

 

 刑事二人は画面に顔を近づけた。

 

 そこに見覚えのある名前が並んでいた。


『西野裕子、山下正美』


 それらを見て、九十九はまた訊き返した。


「だから……? 一連の事件を調べていたんだろ」


 すると、福留はこちらを振り返って言った。


「いいえ。それは、ありえません。彼が検索していた時期は、彼女達が亡くなる一週間です」


 両者の間に沈黙が流れた。


 刑事二人は、意味がわからないといった様子だ。


「……何だって? ……まさか……そんなこと……」


 九十九の言葉を呑み込むように、福留は尚も言った。


「つまり、松村刑事は、ことになります」

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