第30話――相棒の失踪


「はい」


 インターフォンが鳴り、由良ゆらは玄関口に向かった。


 ドアスコープに顔を近づけ、外を覗いた。

 誰もいないアパートの廊下が目に映るだけだ。

 不審に思い、ドアを開けた。

 

 その瞬間だった。

 

 ものすごい力で胸倉を掴まれ、一気に壁に押し付けられた。

 彼の丸い銀縁眼鏡が、大きく下にずれた。

 

「あいつは! 松村まつむらは、どこにいる!?」


 九十九つくもの顔は殺気に満ちていた。


「ちょ……!」


 由良は目を見開いたまま言葉を失ってしまった。

 

「なんであいつの身に何かあるって、知ってた?」


 至近距離で顔を近づけ、さらに声を荒げた。

 

「……いや……! あるかもしれないって、ただ、私は注意を…… ぐっ!」


 首を強く押し付けられて、言葉に詰まると、

 

「とぼけるな!」


 鼓膜が破れるかと思うくらいの大きな声で、由良を怒鳴りつけた。


 傍でその光景を見ていた高倉たかくら刑事は、九十九がそのままホルダーから銃を抜きそうな気がした。ヒヤヒヤしながらその様子を見守り、腰にそっと手を添えた。

 

「本当に知りませんって……! 知ってたら、なんでわざわざ教えるんですか! 一番疑われるのは自分でしょ!?」


 鬼気迫る九十九の表情を見て、由良も本当にこのまま撃たれるんじゃないかと感じ、彼の手元をちらちらと見た。


 高倉刑事も呼吸を整えながら、背後から見守る。

 

 さらに腕に力が加わり、喉を圧迫されて由良は息ができなくなった。

 

 「……!」

 

 九十九は両手を離した。


 由良は壁に背をつけたままずり落ちるように、床にしゃがみ込んだ。

 

 九十九は振り返った。


 銃を抜いて、茫然と立っていた高倉刑事が目に入った。

 

「おい! 滅多な事で銃を抜くんじゃない!」


「す……! すいません!」


 ドスの利いた太い怒鳴り声に吃驚びっくりし、慌てて高倉は銃をホルダーにしまった。

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