第28話――安否


 由良ゆらの声には、本当に心配する念がこもっていた。


「そんな……たかが石ころで……考えすぎだろ」


 九十九つくもは笑いを交えながら言葉を返した。

 

『いいから、今すぐに!』


 突然、電話が切れた。

 

「おい……? ……ちょっと!」


 画面を見ると、待ち受け画面に戻っている。


「……! 何だよ! くそっ!」


 思わず舌打ちをして、再度掛け直そうとしたが思いとどまった。


「まさか、そんな……石に触れただけで……」


 九十九は引きった笑みを浮かべながらも、すぐに携帯のアドレスから松村まつむらの携帯番号を選択し、通話ボタンを押した。

 

 呼び出し音が、五回鳴り続けた。

 

「早く出ろ……」

 

 きながらつぶやいた。

 

 十回目の後に、ようやく相手が出た。

 

 「もしもし? 俺だ。今、何処にい――」

 

『只今、電話に出ることができません。発信音の後に……』


 九十九は即座に電話を切った。

 

「……つっ、マジかよ」


 少し躊躇ためらったが、松村の自宅マンションの電話番号を呼び起こし、また通話ボタンを押した。

 

 呼び出し音が、耳の奥で鳴り響く。

 

 五回、……八回――

 

 十一回目が鳴っても、続いた。

 

「出ろ。頼むから出てくれ……」


 九十九は祈るように呟いた。

 

 十五回目だった。

 

『もしもし。松村まつむらです』


 聞き覚えのある女性の声だった。


 松村のつまの声だ。

 一瞬、返す言葉に困ったが、すぐに気を持ち直して言った。

 

「あ……いつもお世話になっています。世田谷署刑事部の九十九です」


『あら、九十九さん』


 明るい声が返ってきて、彼は少しだけ安堵した。

 

「……彼は、もう帰宅していますか?」


 再び強張った面持で訊き返した。

 すると、をおかずに、

 

『ええ。ちょっと待ってくださいね』


 あっさりと夫人は答えた。

 その返事を聞き、九十九は深く溜息をついた。

 すると、思ったより早く、が電話口に出た。

 

『もしもし……? どうしたんすか?』

 

 いつも通りの口調を聞いて、一瞬、何を話せばいいか迷ってしまった。


『……九十九さん?』


 逆にこちらを心配するような声で我に返り、


「……ああ! そうだ……! 例の案件。西野裕子と山下正美の遺体に異変があり、今見て来たところだ。事件としては終了しているが、一応報告をと思ってな」


『……異変て、どんな?』


 怪訝な様子で彼は訊き返してきた。


「明日詳しく話す。……それより……松村。……お前、本当に大丈夫か?」


 探りを入れるようにあらためて問いかけた。

 

『へ? ……何言ってんすか?』


 向こうは全く意味がわからないといった様子だ。


「ああ……、あれだよ。一応、相棒だろ……。最近、妙な事件が多いからな……。ちょっと気になって……」


 咄嗟に返答に困ったが、彼の表情からは緊張が消えていた。

 

『何も問題ないですよ。九十九さんこそ、大丈夫ですか? なんか、声が疲れてますよ』


 普段通りのあっけらかんとした彼の返しを聞き、

 

「何……」


 九十九は言い返そうとしたが、その言葉を呑み込んだ。

 

「……もういい。無事だったらそれでいいんだ。用心しろよ。気を抜くな。じゃあな。また明日」


 九十九は早々に話を終わらせるように、電話を切った。


 深く溜息をついた後、もう一度、由良に電話をかけようとした。

 しかし、すんでのところで思いとどまった。


 そして思い出したように携帯のフォトデータを呼び出し、が写っている写真を選択すると、迷わずそれを削除した。

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