第27話――相談


 九十九つくもは警察署を出た。

 駐車場に向かいながら、急いで相棒の松村まつむらに報告しようと番号を呼び出した。


 話中だった。

 溜息交じりに電話を切り、ポケットにしまおうとした。


 前を向くと、地下の駐車場のセンサーライトが反応し辺りを照らした。

 その光を見て、ふと九十九の脳裏にが甦ってきた。


 外灯に照らし出された、男の子の姿が。


 彼は気が付くと、スマホでを検索していた。

 珍しい名前のせいなのか、ヒットしたのはその一件だけだった。


『由良探偵事務所』


 その下に電話番号が表示されていた。

 咄嗟に通話ボタンを押そうとしたが、


「何考えてんだ俺は……」


 我に返ったように思い直し、ウインドウを閉じようとした。

 が、誤ってそのボタンに触れてしまい発信してしまった。

 九十九は慌てて終了ボタンを押し直して、携帯をポケットにしまった。

 

 すると、電話が鳴った。

 ポケットからスマホを取り出した。

 見ると、今かけた番号からだった。

 

「……どれだけ折り返し早いんだよ」


 九十九は面食らった様子で、慌てて電話に出た。

 

由良ゆらですが』


 感情の全くこもってない声が、向こうから聞こえてきた。

 

「ああ……警視庁の九十九つくもだけど……」


 バツが悪そうに答えると、

 

『どうも。こんばんは』


 そのとってつけたような棒読みの挨拶を聞き、九十九はますます早く電話を切りたい衝動に駆られた。

 

「……いや……間違って通話ボタン押してしまって、すまない。特に何も……」


 喋っている途中で、


(……そもそも、なんで彼の番号を押し間違えるんだ? 関心がある事が相手にバレバレじゃないか……)


と気付き、焦りながら会話を終わらせようとした。


『そうですか。わかりました』


 九十九が心配するまでもなく、由良ゆらはまるでロボットのような返答をすると、即座に電話を切ろうとした。

 

「あぁ……! あくまで!」


 咄嗟に引きとめるように、九十九が声を上げた。

 をおいて、向こうから平坦な相槌あいづちが返ってきた。

 

『ええ』

 

「あくまで……仮の話だが」

 

 一呼吸入れるように、唾を呑み込んだ。

 思わず辺りを見回す。

 話を聞かれるのが、よっぽど嫌なのだろうか。

 思わず自分の車まで走って行きドアをリモコンで開けると、すぐに乗り込んだ。

 また窓越しに外を見回すと、ようやく九十九は電話の向こうにいる由良に問いかけた。

 

「その……急に」


『ええ』


 まるで言いづらい悩みを打ち明けるかのごとく、喉の奥からその質問を振り絞った。


「急に……ようになることって……珍しくないのか?」

 

『……』


 受話器の向こうの相手は、黙ったままだ。


「……もしもし?」


 思わず呼びかけると、その語尾におおかぶさるように由良ゆらの声が聞こえてきた。

 

んですね』


 出鼻をくじかれたように、今度は九十九の方が黙り込んでしまった。

 

 釈放されたばかりの容疑者に、相談を持ちかける。

 刑事にとっては禁じ手どころか、屈辱以外の何ものでもない。

 

 思い直したように九十九は早々に話を終わらすための言葉を発そうとしたが、それを食い止めるように、

 

『何を見たんですか?』


 由良が全く同じ抑揚で問いかけてきた。

 九十九は目を瞑り、深く溜息をついた。

 

「……子供だ」


『……』


 また沈黙が続いた。

 

「……もしもし?」

 

『誰かわかってるんですね』


 言葉を呑み込むように由良が返してきた。

 一呼吸入れると、九十九は観念したように口を開いた。


「多分……俺の兄貴だ。と言っても憶えていない。四十年以上前に病気で亡くなっている」

 

 また気まずいが流れるという九十九の予想に反して、由良が食い気味に、

 

『お兄さんを見て、どう感じました? 恐怖を感じるとか?』


 質問をぶつけてきた。

 意表をつかれたように、九十九は狼狽うろたえ気味に、つい答えを急いでしまった。

 

「い、いや……怖くはなかった。ただ、吃驚びっくりして……。追いかけたが、すぐに消えていなくなった」


 九十九はその光景を必死に思い出しながらつぶさに説明しようとしたが、的確な言葉が思い当たらなかった。

 由良はまた即座に言葉を返してきた。

 

『もしかしたら、彼は何かメッセージを伝えようとしているのかもしれません。から見たら時間は存在しません。例えば、これから、ご自身に降りかかる危険とか』


 九十九は思わず顏をしかめた。

 

「おいおい……やめてくれ」


 相談する相手を間違えた。

 ふと我に返り、会話を終わらそうと強引に言葉を挟もうとした。

 が、その隙間を探す前に、由良が流暢かつ事務的な口調で畳み掛けてきた。

 

『取調室でも見ましたが、お兄さんはあなたをのかと。しばらく、そっとしておいてあげた方がいいでしょう。彼が見えて嫌でなければ』


 突き放すわけでもなく、完全に同調するわけでもない。

 九十九はようやく由良が素人ではない事に気付きながらも、


「いや……そういうわけじゃないんだが」


 釈然とせずにつぶやいた。

 すると、

 

『……まだ他に気になることが?』


 まるで心の内を見透かすように由良が問い返してきた。

 操られているかのような感覚を覚え、このまま何も言わず電話を切ろうかとも思った。

 数秒間迷った後、深い溜息をつき、ようやく九十九は重い口を開いた。


が見えた」


 少しのを置いて、由良が尋ね返した。


『どこで?』


 これ以上話せば捜査内容の漏洩ろうえいになる事がわかっていながらも、九十九はこらえ切れないように言葉を発した。


山下正美やましたまさみの部屋だ。そこで撮った写真に写ってた」


『……写真?』


 突然、由良の語調が変わったのがわかった。

 

「神棚を撮った写真に、人の目が写ってる」


『……どんな目です?』


 九十九は耳から携帯を離し、データフォルダからその写真を呼び起こした。


 が見えた。

 目尻が垂れ下がったを見て、思わず唾を呑み込んだ。

 背筋に寒気を感じながらも、九十九は冷静にその全容を説明しようとした。

 

「ああ……ほとんど閉じていて、開いているかどうかもわからない。片目だけだ。女性のそれに見えなくもない……神棚のおふだの前に小石が置いてあって、その上に覆い被さるように肌色が」


『……小石こいし?』


 由良の声が更に高くなった。

 

「……何なら、写真をそちらに送ろうか?」


 思わず刑事にあるまじきことを言ってしまったと後悔し、九十九は即座に取り消そうとしたが、

 

『いや。それはやめてください。悪戯いたずらに見せびらかすと、はずかしめを受けたと、怒る可能性もあります。一番いいのはすぐに消去することです』


 由良がかたくなに拒否した。

 

「……怒る? 石が?」


 九十九が少し笑いながら眉をひそめた。

 由良は尚も言った。

 

『お兄さんが伝えようとしているのは、このことかもしれません。これは、だと。その石は何かと交信するための媒体かと感じます。前にも言いましたが、絶対に軽々しく触れないでください』

 

「え……」


 思わず九十九が動揺の色を見せた。

 鋭く察知したように、由良が問い掛けた。

 

『もしもし……? 九十九さん? …………まさか……もう、触れたんですか?』


 その返答を聞き、九十九は視線を泳がせた。

 

「いや……俺じゃないが……相棒の松村が……」


 言葉をつぐむと、由良が言った。

 

『今すぐその方と連絡をとって、無事を確かめてください』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る