第24話――幼い記憶
久しぶりに仏壇以外での、彼の別の表情を見た。
四十六年前に、兄の
八歳だった。
泰章が二歳の時だったが、その時の記憶は全くない。
小学生低学年くらいの時に、兄弟がいたことをあらためて認識した。
『自分にお兄ちゃんがいた』
当時は、夢中になってアルバムをめくっていた。
必死に思い出そうとした。
写真に写った彼の姿を脳裏に焼き付けたまま、記憶の中からその声や表情を懸命に思い浮かべようとした。
しかし、どうしてもその実感を掴む事が出来なかった。
小学生ながらも、自分は両親に気を遣っていたのか?
今、振り返るとそうだったのだろう。
積極的に彼の事について聞こうとしなかった。
そんな泰章の幼心に気づいていたのか。
母の方から彼の生前についての話をよく聞かされていた。
「兄貴って、どんな子だった?」
泰章はアルバムをめくりながら、あらためて母に聞いた。
自分からすすんで問いかけたのは、記憶にある限り初めてだった。
そんな彼に対し少し驚いたような素振りを見せると、母は優しい笑みを浮かべた。
「……明るい子だった。声が大きくてハキハキとしてて。小学校一年生の時に、学級委員長に選ばれてたわ」
懐かしそうに過去を振り返りながら言った。
「あなたが生まれた時、飛び上がるほど喜んでた。『弟ができた!』って。あの子、学校から帰って来てすぐに、赤ん坊のあなたの所に駆け寄って、『泰章。泰章』って。まるで自分が親になったかのように」
母は本当に嬉しそうな表情で、その思い出を
「母さん」
突然、泰章は仏壇に向き直った。
「何?」
泰章は少し
「……俺が幼稚園の時、うっすらなんだけど、砂場で砂をぶっかけられた記憶が残ってて」
いきなりの話の転換に、母は思わずキョトンとした表情を見せた。
泰章は言った。
「なんで、その子は、そんなひどいことしたんだろ? って。その原因が未だに思い出せないんだよな」
母の顔が、ほんの一瞬だけ強張った。
すぐに穏やかな表情に戻り、彼女は言った。
「さぁ……そんなこともあったかしら……どうして? 急に?」
少しだけ戸惑いを見せながら問いかけた。
「いや……別に理由はないんだけど。何となく」
泰章は軽く笑うと、また仏壇に向き直り手を合わせながら目を
その表情を母は横から複雑な表情で眺め、泰章の幼年時代のことを思い出していた。
家の中で、亡くなっていなくなったはずの兄に、一人で話しかける彼の姿を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます